【TNLF】オリ・マキの人生で最も幸せな日
ボクサーは皆、何かを背負ってリングに上がる。『ロッキー』(76年)のロッキー・バルボアはチンピラとしての惨めな暮らしから足を洗うためにリングに上がった。『チャンプ』(31年、79年)のアンディー・パーセルは、息子に父親の本当の姿を見せたくてリングに上がった。『ボクサー』(70年)のジャック・ジェファーソンは、黒人としての差別を背負ってリングに上がった。『ボクサー』(97年)のダニーはアイルランドの平和への願いを背負って闘った。オリ・マキは、フィンランドの誇りのために闘うはずだった・・・。
国の期待を一身に背負って、威信をかけて…オリンピックでよく使われる言葉ではあるが、国の期待って一体何なのだろう。国とは誰なのか。オリ・マキ自身には、そんな思いは微塵もない。自分はただ闘いたいから闘うだけ。それだけである。まったく気負っているところがなく、拍子抜けするほどである。記者会見で、試合に賭ける意気込みを尋ねられても「試合当日には結果がでることでしょう」そんな風にしか答えられない。それより彼の一番の関心事は、突然恋をしてしまったことなのである。国の誇りをかけて。そんな大袈裟なことは自分には関係ないと思っている。こんなボクシング映画は珍しい。
1962年、アメリカ人の世界チャンピオンとのタイトルマッチが決まり、オリ・マキの周りには人が沢山集まってくる。スポンサー、広告業者、映画のドキュメンタリー監督、彼にはそれが煩わしい。美しいモデルと一緒に写真を撮る。出来上がりは素敵だが(例えそれが、スーツの広告に使われたとしても)、ネタをばらせばモデルの背が高過ぎて、オリ・マキのほうが台の上に乗って写真を撮ったものである。実際に2人が並んでみると、そこにはあまりに貧相に見えるオリ・マキがいるだけだ。カメラを前にしたスパーリング、縄跳び、コーチとの打ち合わせ、記録映画に残される映像も、監督が指示して彼はそれらしくやっているだけ。すべてが偽物なのである。「フィンランドの名誉のために闘う」誰もがそんなことを言っていても、スポンサーにとっては、それはお金のためであろうし、元プロ・ボクサーのコーチにとっても、所詮家族の生活と自分の名誉回復のためなのである。「国のため」その言葉こそが一番胡散臭く、それこそが偽物の最たるものなのだ。
それでは、オリ・マキの生き方って何だろう。冒頭のシーンですでにそれは、象徴的に現れてきている。チョークを引かなければ、エンジンがかかりにくいオンボロ車で、女友だちの家に行って、そこで突然結婚式に一緒に行くために呼ばれたことを知って、借り物のスーツを着る。彼女といっしょに教会へ行こうとすれば、オンボロ車は案の定動かなくなって、そこで自転車に2人乗りして、式場まで走っていく。何が起こっても、彼の生き方は自然体なのである。成るようになるさ的なやり方で、実際何とかするのが、彼の生き方なのだ。決して焦ったりしない。その場の状況をむしろ楽しんでいたりする。大切な試合が目の前に控えているって言ったって、恋してしまったのだからしようがないじゃないか、といった調子なのだ。そんな風に生きられる彼は、むしろ幸せなのかもしれない。彼の生き方を見ていると、私たちは先のことを気にし過ぎなのではないか。荷物を背負い過ぎなのではないか。そんな気がしてくるのだ。
試合が終わった後、祝賀会の会場を抜けだしてしまったオリ・マキ。確かに彼の人生は、その時点で栄光から離れ、平凡な田舎のパン屋に戻ることを選択したことになるだろう。それでもこの日は、彼にとっては「人生で最も幸せな日」なのである。他人はどうあれ、何しろ彼にとっては、人生における最高の幸せを掴んだ日なのだから。恋する女性と日が沈みかけた川べりを歩くオリ・マキ。そんな2人とすれ違って、老夫婦が仲良く影を落として歩いていく。その後ろ姿。それは文字通り2人の未来を暗示していて、とても幸福感がある。幸せの価値観なんて多種多様。社会的成功だけが人生ではない。こんな生き方ってとても素敵だなと思う。
※2016 年カンヌ映画祭「ある視点」部門: グランプリ
トーキョーノーザンライツフェスティバル 2017開催概要
映画祭会期:2017年2月11日(土)~2月17日(金)
会場:ユーロスペース
イベント会期:2017年1月21日(土)~2月19日(日)
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:http://tnlf.jp/(映画祭以外にもイベントが盛りだくさん。詳しくはこちらから)
※1/21(土)のオープニングイベントではラース・フォン・トリアーの「キングダム」イッキミ!を開催するほか、切り絵作家アグネータ・フロック展やアイスランド写真展、音楽イベントなど盛りだくさん。来日ミュージシャンによる伴奏付きサイレント映画の上映も!
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