トーキョーノーザンライツフェスティバル 2017 が2月に開催!
ヒシャーム・ザマーン監督特集
『雪が降る前に』 『国王への手紙』
イラク映画というと、モハメド・アルダラジー監督の『バビロンの陽光』(10)が強く印象に残っている。この作品は、フセイン政権崩壊から3週間後のバグダッドを舞台に、戦地から戻らない息子を探す祖母と孫の旅を描いていて、際立ったものがあった。モハメド・アルダラジー監督は、オランダで映画を学んだという。そして今回特集として取り上げられたヒシャーム・ザマーン監督はノルウェーで映画を学んでいる。アルダラジー監督がイラクに戻って映画を製作したのに対して、ヒシャーム・ザマーン監督はそのままノルウェーに残って映画製作をしている。彼は75年イラクのクルディスタンの生まれということであるが、イラク国内では、特にクルディスタンの若い監督を中心に映画を作ろうという機運が高まっており、実際ヨーロッパ資本の協力を得て、数は少ないものの成果が出てきているところである。昨今欧州は、シリアなどからの難民が大量に流れ込み、社会観問題どころか政治問題、さらにはEUの崩壊を招きかねない事態となっているだけに、こうした出自の優秀な監督の存在は、誠に頼もしく感じられる。
『雪が降る前に』(13年/ノルウェー、ドイツ、イラク)は、結婚式を投げ出した姉を探すために、イラクからトルコ、ギリシア、ドイツ、ノルウェーを旅する16歳の少年が主人公である。この作品の興味深い点は、このルートがまさに現在の難民たちが辿るルートであること、その目的が、国際的な社会問題となっている“名誉殺人”がテーマになっていることである。“名誉殺人”は不道徳な女性の行ないが、家族に恥をもたらし、それによって家族全体にまでその不名誉が及ぶと信じる特殊な文化である。不道徳な行ないとは、主に婚前交渉や姦通とされているが、その範囲は解釈によって広くなったりもする。パキスタンでは、1年間に1100人もの女性が“名誉殺人”で殺されたという記録も残っている。しかしながら、これは必ずしもイスラーム的なものから来た習慣ではないとも言われている。フランス映画『ジェロニモ ― 愛と灼熱のリズム』(14年/トニー・ガトリフ監督)では、親の決めた結婚を破談させ、花婿に恥をかかせたという“不名誉”を晴らすため、“名誉殺人”に向かうトルコ人一家の心理が描かれていた。今までは、イスラーム圏の周辺国だけで起きていたこうした事件は、イスラーム圏の人々の欧州への移動増加に伴い、遂には北欧でも“名誉殺人”が行われたというニュースが流れるようになってきているのである。本作の少年の旅路の果ては、どこにあるのだろうか。
『国王への手紙』(14年/ノルウェー、アラブ首長国連邦)は、バスに乗り合わせた難民たちの1日を描いていて、まさにタイムリーな作品である。ノルウェーは、EUに加盟していないため、EU内の難民協定は適用されず、もちろん国別の割り当てというものもないのだが、GDPが他の北欧諸国と比べても格段に高いという魅力があるためか、東欧などに較べると格段に多い数の難民が押し寄せている。2017年には1年間の難民数が5~12万人になる可能性があるとも言われ、ノルウェーの政界は大きく揺れている。ノルウェーの人口は500万人程度であるので、その影響は大きい。本作で、バスに乗り合わせた年老いた男が綴った国王への手紙、そこには必ずしも移動したくてこの国にやってきたわけではない、彼らの哀しみが滲みだしており、この問題が双方にとって深刻なものであることが、画面から伝わってくるに違いない。
50th Anniversary 『私は好奇心の強い女』
1968年、『私は好奇心の強い女』は、アメリカでその上映を巡って裁判問題にまで発展し勝訴、ポルノ解禁のきっかけとなった作品である。また、当時の日本でもセンセーショナルな取り上げ方をされたことから、今でもポルノ映画の代表作という紹介のされ方をすることが多い。しかしながら、これは映画史的には、スウェーデン・ヌーヴェルバーグの1本とされ、政治的な内容を多く含んだ作品でもある。当時、ヴィルゴット・シェーマン監督は「これは社会のすべてに関心を持ち、セックスは女性の武器だと考えている女性の物語だから、性器の露出に論理的な必然性があり、ワイセツではない」と語っていたそうである。わかったような、わからないような。そういえば、スウェーデンのジャズシンガー、モニカ・ゼタールンドの半生を描いた『ストックホルムでワルツを』(14年)で、ヴィルゴット・シェーマン監督が彼女の同棲相手として登場していたのだが、映画の中では、顎ひげを生やしメガネをかけた、インテリっぽい風貌の人として描かれていた。そこでは、まさにこの作品が話題として取り上げられており、何だか理屈っぽい会話をしていたような印象が残っている。50年経った今、果たしてこの作品は、観客にどのように受け取られるのであろうか。
※参考資料
「世界映画作家34ドイツ・北欧・ポーランド映画史」(キネマ旬報社)
「続・欧米映画史」南部圭之介(東京ブック)
「世界映画史」ジョルジュ・サドゥール(みすず書房)
「難民問題」(墓田桂)(中公新書)
トーキョーノーザンライツフェスティバル 2017開催概要
映画祭会期:2017年2月11日(土)~2月17日(金)
会場:ユーロスペース
イベント会期:2017年1月21日(土)~2月19日(日)
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:http://tnlf.jp/ (映画祭以外にもイベントが盛りだくさん。詳しくはこちらから)
※1/21(土)のオープニングイベントではラース・フォン・トリアーの「キングダム」イッキミ!を開催するほか、切り絵作家アグネータ・フロック展やアイスランド写真展、音楽イベントなど盛りだくさん。来日ミュージシャンによる伴奏付きサイレント映画の上映も!
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※前売り券はe+(イープラス)のWEBサイトにて販売中。前売り券は作品、日時指定でご購入いただけます。全席自由席、各回入れ替え制で、上映開始10分前から整理番号順のご入場となります 。整理番号をご確認の上、必ず開場時間までにお越しください。