イスラーム映画祭2 国別鑑賞ガイド

映画を楽しみながら、庶民の生活を知り、世界を知る

エジプト

『敷物と掛布』(13年/87分/アフマド・アブダッラー監督)

敷布と掛布昨年のTIFFで『クラッシュ』という興味深い作品が上映されていた。2011年のエジプト革命から2年後のカイロを舞台に、デモにより逮捕された護送車の内部の人々の人間模様を描いた作品だ。その護送車の中には、アメリカ人記者、大統領支持者、ムスリム同胞団、それに属さない敬虔なムスリム、クリスチャン、彼らに同情して閉じ込められた警察官など、主義主張の違う人々が閉じ込められてしまい、争ったり融和したりを繰り返しながら進んでいくのだが、その混沌としたさまが、まさに今のエジプトを象徴していて大変興味深かった。

エジプトはもちろんムスリムの国で、その割合も人口の90%を占める。他は9%がコプト教(土着のキリスト教)、1%がその他キリスト教となっている。人口の割合で言えば、ムスリムが多数で安定しそうにも思えるのだが、映画で描かれていたように同じスンナ派といえども一枚岩ではない。それどころか、ムスリムとコプト教徒が共闘するということもあるのである。ムバーラク政権打倒後には、コプト教徒とムスリム同胞団が共にデモに参加するという奇跡的な出来事があったかと思えば、同胞団による文民政権が軍事クーデターによって1年あまりで倒されてしまった時には、国防大臣の国営テレビでの演説で、以前には敵対していたはずのコプト正教会教皇、イスラーム教スンナ派の最高権威機関アズハルの幹部などが同席するのである。敵の敵が味方になったり、その逆になったりと、誠にわかりにくい。

先に挙げた『クラッシュ』では、それぞれ立場の違う人たちが、サッカーの話題ではひとつにまとまるという印象的なシーンがあった。それに象徴されるように、実際1967年第三次中東戦争に敗北し、国がバラバラになりかけていた翌年、カイロ郊外の教会の十字架の上にマリアが現れたという噂が広まり、それが国民統合の象徴として祭り上げられ、国がひとつにまとまったという歴史もある。国がひとつにまとまる要素を持ちながらも、その時の対政権との利害関係によって、各宗派が争っているのがエジプトであり、それが物事をわかりにくくしているのかもしれない。今回上映される作品『敷物と掛布』は、2011年、革命自体をエジプト社会の周縁から描いた作品である。主人公になるのは、コプト教徒とムスリムの青年であり、そんなエジプトの混乱した状態をそのままの形で、観客に提示してくれることだろう。

レバノン

『私たちはどこに行くの?』(11年/102分/ナディーン・ラバキ監督)

私たちはどこに行くの宗派のモザイク国家とも宗教の歴史博物館とも言われているのが、レバノンである。人口の40%がキリスト教徒、55%がムスリムである。宗派別人口では、多い順にシーア派、マロン派(キリスト教)、スンナ派、ギリシア正教(キリスト教)、ドルーズ派(イスラーム教)、アルメニア正教(キリスト教)となっている。他にもプロテスタント、アルメニア・カトリック、アラウィー派(イスラーム教)とあり、この国では、国会の議席配分が宗派の人口に応じて割り当てられているというのが、特徴である。しかしながら、その配分は、今では適正とは必ずしも言えない状態にあり、親シリア派(ヒズボラなど)とシリア慎重派が常に覇権を争っており、政治は混沌としているようだ。

今回上映される『私たちはどこに行くの?』のナディーン・バラキ監督の日本公開作『キャラメル』(07)では、フランス語を話す女性たちとアラビア語を話す女性たちが、ごく近所に住んで普通にお付き合いしており、またムスリムたちが住む通りを、キリスト教のお祭りの行列が練り歩いていくシーンがとても印象に残っている。まさに映画で描かれていたとおり、一般的にレバノンでは、互いの祭日には挨拶を交わし合い、相手の宗教行事にも敬意を払って生活しているという。本作は戦争で荒廃した、ムスリムとクリスチャンが半数ずつ暮らす小さな村が舞台になっており、やはり両者の融和をテーマにしたレバノンならではの作品となっている。

チュニジア

『バーバ・アジーズ』(04年/96分/ナーセル・ヘミール監督)

 バーバ・アジーズ「アラブの春」は2010年12月18日に始まったチュニジアのジャスミン革命から始まり、世界に波及した。人口の98%がムスリム(スンナ派)でありながら、革命が成功したことの理由には、西欧化が進んだ国であることもあるだろう。この国では公共の場でのヒジャーブ(スカーフ)の着用さえ禁じられており、世俗化が進んでいる。これは筆者の推測だが、その理由には、ここの住民がローマ時代より交易で栄えたカルタゴのフェニキア人たちの末裔であり常に西欧と関りがあったこと、フランスの保護領の時代に、その思想が浸透していったことなどがあるのではなかろうか。今でも大抵の国民がフランス語も話せるという。

今回上映される『バーバ・アジーズ』が興味深いのは、こうした国で、とてもイスラーム的なお伽噺のような物語が作られたというところにある。そもそもムスリムは、メッカ巡礼という制度があるためか、長い旅を厭わないという風に言われている。歴史的に見ても、その旅の中から、さまざまな旅行記が記されてきたということもある。これはその伝統を思わせる。映画では、民族音楽やスーフィー音楽も彩りを添えているという。エジプトを始め他のイスラーム国家では、弾圧されたり、改革されたりしてきているスーフィズム(神秘主義哲学、聖者信仰)が、ここではまだまだ健在なのだろう。

イラン」

『マリアの息子』(99年/72分/ハミド・ジェベリ監督)

マリアの息子宗教は、人口の90%がシーア派十二イマーム派(国教)であり、言うまでもなくシーア派の盟主である。ペルシア文化に誇りを持っており、独自のイスラーム文化を築き上げている。他に9%がスンナ派、マイノリティとしてバハーイー教、ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教諸派などがある。イスラーム以外の宗教については、制限付きながらゾロアスター教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒が信教の自由を認められている。例えば、ムスリムからカトリック教徒に改宗することは、法律で禁じられており、死刑になることもあるという。それゆえに今回上映される『マリアの息子』は、ムスリムとカトリックの神父の素朴な交流を描いているという点で、興味深いものがある。少年が神父と交流するということは、傍から見れば、かなりハラハラする行為かとも思われるし、カトリック教徒自体が、極端な迫害こそ受けないものの、社会的な差別を受ける存在であるからだ。差別や偏見は、社会が作るものであり、人は宗教が違っても分かり合える。そのことを子供によって教えられることだろう。



参考資料
「イスラーム的」大塚和夫(講談社学術文庫)
「イスラームの世界地図」21世紀研究会編(文春新書)
「南アジア世界暴力の発信源」宮田律(光文社新書)
「国旗・国歌の世界地図」21世紀研究会編(文春新書)
イスラーム映画祭オフィシャルWEBサイト

【開催概要】

【東 京】※全9作品
会期 : 2016年1月14日(土)~20日(金)
会場 : 渋谷ユーロスペース( http://www.eurospace.co.jp/ )
【名古屋】※全9作品
会期 : 2016年1月21日(土)~27日(金)
会場 : 名古屋シネマテーク( http://cineaste.jp/ )
【神 戸】※全8作品
会期 : 2016年3月25日(土)~31日(金)
会場 : 神戸・元町映画館( http://www.motoei.com/ )


主催 : イスラーム映画祭実行委員会
オフィシャルWEBサイト http://islamicff.com/
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