イスラーム映画祭2 国別鑑賞ガイド
2017年1月14日(土)より渋谷ユーロスペースを皮切りに 『イスラーム映画祭2』が全国3都市で開催される。シリア内戦、ISの問題から派生したヨーロッパの難民問題など、今世界は大きく揺れている。“イスラーム”映画は、そこに暮らす素朴な人々の生活、その心を垣間見せてくれるという意味で、巷に溢れるニュースで流れる情報にはない、それとはまた別の真実を見せてくれることだろう。2回目となる映画祭では、難民として多くのムスリムの人たちがヨーロッパに入っていることなど、世界情勢を反映してか、ムスリムと他宗教の関係性、少数派としてのムスリムの生き方というようなことが、テーマとして取り上げられている。また今年のラインナップは、アジアの作品も多く取り上げられている。アジアの“イスラーム”映画というと普通は、昨年上映されたヤスミン・アフマド監督『ムアラフ改心』のマレーシアやインドネシアの作品が中心となるのだが、今回はあえてそこを外しているのも、特徴と言えるだろう。映画を楽しみながら、彼らの生活を知ることで世界を知る。本映画祭は、その手助けとなることだろう。
タイ
『蝶と花』(85年/127分/ユッタナー・ムクダーサニット監督)
『改宗』(08年/83分/パーヌ・アーリー、コン・リッディー監督)
一般的には仏教の国という印象の強いタイの映画が2本も入っているのが珍しい。意外なことに、タイ王国の最新の統計によるとムスリムの人口は現在750万人、全体の12%を占めているという。それもそのはず、元々タイとマレーシアとの国境付近には、イスラーム教を国教とするパタニ王国というのが存在していた。1909年、タイがそれを併合したという歴史があるため、今でもこの地域にはムスリムが多く住んでいるのである。しかしここは、国旗の色にも象徴されるように、仏教を国教とし、王室を国民の拠り所とする国だ。そのためタイのムスリムは、仕事的にも差別を受けてきており、90年代まではヒジャーブ(ムスリム女性が身に着けるスカーフ)さえ禁じられてきたという。
今回上映される『蝶と花』は、まさにタイとマレーシアとの国境付近、パタニ王国があった地域を舞台にした作品だ。貧しい中、家計を助けようと奮闘する主人公の成長を描いた青春ドラマとはなっているが、彼らの苦しい現状といったものも、垣間見られるはずだ。
もう1本の作品は『改宗』。ムスリムは、この地域だけではなく、バンコクや南部地域にも多く住んでいる。仏教徒とムスリムはそこで出会い、結婚するということも当然出てくる。しかしイスラーム教では、ムスリムの男性は他宗教の女性と結婚することが出来るが、女性のほうはイスラーム教に改宗しなければ一緒になれないという戒律がある。本作は、ムスリム男性と仏教徒の女性の結婚、その後を追ったドキュメンタリーである。
インド
『ミスター&ミセス・アイヤル』(02年/118分/アパルナ・セン監督)
『十四夜の月』(60年/170分/M.サーディク監督)
インドからは2本『ミスター&ミセス・アイヤル』『十四夜の月』が上映される。昨年のTIFFでも『ブルカの中の口紅』が上映されたインドだが、ムスリムの人口は1億8000万人、人口比は13%となっている。人口比からすれば、タイとほぼ同じであり、明らかに少数派ではあるが、数からいえば世界第3位の規模となる。英国に統治されていた時代、その都合でムスリムはベンガル州東部に移動させられたという歴史があり、ジャンムー・カシミール州などムスリムが多数派を占める地域が点在するという特徴がある。ヒンドゥーとムスリムは、インドの独立を巡った覇権争いの時代から対立し、それはのちにパキスタンの分離独立へと繋がっていき、両国の対立は今もなお続いている。
昨年公開された映画『パレス・ダウン』では、2008年11月、ムンバイで起こった同時多発テロの様子が描かれていた。3日間続いたテロ事件では、イスラーム過激派とみられる10人の武装グループが、主要駅や高級ホテル、観光客向けのレストランなどを次々と襲撃。195人が死亡、300人以上が負傷したという。事件の裏には、パキスタンが絡んでいるのではないかという憶測も流れ、一時期両国は緊張した。そもそもインドのムスリムは、ヒンドゥー教徒により差別され、社会的に上昇する機会を与えられていないということに、問題があるのではあるが。そのような状況も反映して『ミスター&ミセス・アイヤル』は、ヒンドゥー対イスラームの暴動がストーリーの背景にあり、宗教融和への祈りが込められた作品となっている。
一方、『十四夜の月』は、インド映画の巨匠監督で俳優のグル・ダット主演の悲恋メロドラマ。イスラーム文化花咲くラクナウを舞台に、勘違いから始まる三角関係の行方を、インド映画らしい歌や踊り満載で描いた作品だ。ヒロインの美しさにも注目!
バングラデシュ
『泥の鳥』(02年/98分/タレク・マスゥド監督)
インドから分離独立したパキスタンでの内戦を経て、1971年に独立したのが、バングラデシュである。国名の示すとおり、ベンガル人の国である。「メディア・バングラデシュ・ネット」によれば、ムスリムの人口は全体の89.7%、ヒンドゥー教徒が9.5%、他キリスト教徒、仏教徒がごく少数いる。そもそもパキスタンの領土は、独立当初から東と西に分かれ、インドを挟み1600キロメートルも離れていたこと。東と西では最初から経済格差があり、その後も政府の政策で、ますます格差がついていったことなどがあり、常に紛争が絶えなかったところである。独立に際しては、まず自分たちがベンガル人であるということが強く意識され、ヒンドゥー教徒もムスリムも共に闘ったという経緯がある。そのためこの国では、表だった宗教間の対立というのは存在しない。今回上映される『泥の鳥』は独立戦争前夜が舞台になっており、ベンガル地方の伝統音楽が作品を彩っている。そのことがこの国の独立の精神を何より示しているのではなかろうか。紛争の原因は必ずしも宗教ではないのである。