(ライターブログ)『グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状』

【映画の中のアート #13】 ここで働くという自負
バベルの塔(1563)

バベルの塔(1563)

そもそもこの「バベルの塔」という図象は教訓として中世以来用いられてきたものでしたが、ブリューゲルはこの絵に、自分が暮らしていた街――世界的な交易の街に発展を遂げたアントウェルペンの活況を映し込みました。外国の商人があふれ、様々な言語が飛び交う街。また、画家が生きた16世紀後半のネーデルラントは、支配者である神聖ローマ皇帝カール5世(オーストリア・ハプスブルク)やスペイン国王フェリペ2世(スペイン・ハプスブルク)の信奉するカトリックのほか、プロテスタントであるカルヴァン派、ルター派、再洗礼派などの分立が見られ、言語面でも宗教面でも理解し合うことが難しい「混乱」した状況でした。これらは旧約聖書のバベルの塔のエピソードに通じるものがあります。
加えて、絵の中の建設現場にも「混乱」が伺えます。ブリューゲルはクレーン車など当時最先端の技術を投入していますが、高層部分が建設されているにもかかわらず下の層が未だ完成していなかったり、下から上へ続く螺旋階段が行き止まりになっているなど、作業工程がバラバラ。例え建設を可能とする技術を持っていても、人間の愚かさが招く「混乱」により塔の完成は不可能であることを暗示しています。ブリューゲルは、「人間の傲慢、愚行、高慢」という教訓に、当世の状況を踏まえた独自の視点を取り入れているのです。

となると、この絵が映画の最後に登場したのは意味深です。ウィーン美術史美術館も実に様々な職種の人々が働いています。ハーク館長を筆頭に、絵画館、武器コレクション館など各部門の館長、財政担当者、クリエイティブ・ディレクター、デザイナー、修復家、学芸員、会場スタッフ……。時にはぶつかり合うこともあります。とあるミーティングでは、お客様係のスタッフが「自分たちはいつまでも下っ端として扱われる。クリスマスパーティーの時も、ほかの部署の人に紹介してもらえない」と発言しています。同じ言葉を話す人々であっても、分かり合うことはこれほど難しい。しかしながら、「ウィーン美術史美術館で働いているという自負、誇り」は彼らの中に通底していると感じます。その思いこそが、ここでの共通言語と言えるのではないでしょうか。
オーストリアを本拠地として、645年間君臨し続けたハプスブルク家。良くも悪くも、彼らはハプスブルクから逃れられない。しかしながら、今を生きる人間たちは、理想と現実、伝統と革新の中でせめぎ合いながらも、バベルの塔のように頓挫することなく、これからも美の殿堂であり続けようとしています。大きな使命のもとに、彼らの挑戦はまだまだ続くのです。


view_image2▼作品情報▼
『グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状』
11月26日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー!
(C)Navigator Film 2014

▼絵画▼
ピーテル・ブリューゲル(父)「バベルの塔」(1563)
ウィーン美術史美術館/ウィーン、オーストリア
Turmbau zu Babel Pieter Bruegel d. Ä.

ピーテル・ブリューゲル(父)「バベルの塔」(1568)
ボイマンス美術館/ロッテルダム、オランダ
De toren van Babel  Pieter Bruegel I

▼参考文献▼
「ブリューゲル全作品」森洋子 中央公論新社
「ピーテル・ブリューゲル」ローズ=マリー・ハーゲン ライナー・ハーゲンTASCHEN
「ブリューゲル 民衆劇場の画家」W・S・ギブソン 森洋子、小池寿子訳 美術公論社
「名画の謎 旧約・新約聖書篇」中野京子 文春文庫

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