【FILMeX】山のかなたに(特集上映)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品紹介】

山のかなたに

© 2016 July August Productions

『迷子の警察音楽隊』(2007)に続くコリリンの監督第3作。主人公は軍を退役してダイエット商品の販売を始めたダヴィドとその家族。レバノン音楽を好み、アラブ人に対する偏見を持たない娘のイファットは、ある晩、アラブ人青年に家に来ないか、と声をかけられるが、その申し出を断って帰宅する。その夜遅く、現在の境遇に不満を感じているダヴィドは、憂さ晴らしに銃を持ち出し、夜の闇に向けて発砲する。翌朝、一人のアラブ人が遺体となって発見されるが、それはイファットに声をかけた青年だった……。一見、善意のもとに暮らしている家族の日常描写の積み重ねの中に現在のイスラエルが抱える矛盾を浮かび上がらせる極めて野心的な作品。
(東京フィルメックス公式サイトより)

【クロスレビュー】

藤澤貞彦/バタフライ効果度:★★★★☆

『迷子の警察音楽隊』とは、まったく違ったテイストの映画ではあるが、音楽で始まり、音楽で終わるというところが、やっぱりエラン・コリリン監督らしい。今回は、イスラエルの伝統的音楽、アラブ音楽、クラシック、ポップスがそれぞれ印象的に使われており、映画の脇役としてちゃんと役割を果たしている。タイトルは『山のかなたに』これはパレスチナのアラブ人との距離感を象徴していると言える。実際アラブ人たちの住んでいる場所は、イスラエル人の家族の家からは、すぐ超えられる、山というよりは丘ほどのものなのに、英題も敢えてbehindではなくbeyondを使っているところがミソなのだ。軍を退職して次の仕事がうまくいかない父親、欲求不満を抱える母親、社会運動にのめり込み浅はかな行動を取る娘、物事に無関心な息子、決して悪い人たちではない。しかし家族それぞれの出来事が、罪のないアラブ人青年に思わぬ影響を与え、それどころか社会的事件にまで発展し、さらにはその結果、バラバラだった家族がひとつにまとまるというバタフライ効果的な皮肉、それが見事である。確かに、善意の人たちの無意識が、パレスチナ問題の一端を担っていることに違いはないはずだ。

外山香織/人生はままならない度:★★★★☆

イスラエルに住む家族。父は軍隊を退役、母は教師、息子と娘は学生で一家は裕福な暮らしをしている。一見幸せそうに見えるが、実はそれぞれストレスやフラストレーションを抱えている。軍人と言うポジション、アラブ人とのかかわりなどイスラエル特有の事情も絡む。上映後のQ&Aにて、監督は「当初は旧約聖書のダビデとバテシバについて描こうと思い脚本を書き始めた。しかし、進めていくうちに登場人物が生き生きと動き始め、違う物語になった」と語っている。その着想を聞いて、なるほどと思った。一家の父親の名はダヴィド(ダビデ)だ。ミケランジェロの彫刻でも知られるダビデは、ゴリアテを倒し後にイスラエル王となる人物。人妻バテシバに横恋慕したダビデ王はその夫を亡き者にし彼女を手に入れるが、預言者に諌められ自らの罪の深さに気付くというエピソードは、本作の物語とも共通項があるように思える。人間は完全ではなく、英雄と言われる者でも誤りを犯すということ、それでも深く反省しその後を生きていくということ。そういう思考は後世のイスラエル人の意識の中にも引き継がれているのかもしれない。劇中、ダヴィドは「私たちは悪人ではない」とつぶやく。当初は善意で行っていたことが、いつのまにか予想もしない方向に進み、結果として人を傷つけてしまうこともある。人生はままならない。だが、山のかなたにはもっと違う世界があると信じて生きることもできるのではないだろうか。本作は、そんなメッセージを発しているような気がする。


▼第17回東京フィルメックス▼
期間:2016年11月19日(土)〜11月27日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2016/

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