【FILMeX】仁光の受難(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品紹介】

仁光の受難主人公は謹厳実直な修行僧、仁光。仁光の悩みは、若い娘から老女まで、なぜか女たちに異常に好かれることだった。絶え間ない誘惑に気が触れそうになった仁光は、自分を見つめ直す旅に出る。旅の途中で出会った勘蔵という名の浪人とともに寂れた村にたどり着いた仁光は、村長から男の精気を吸い取る「山女」という妖怪の討伐を頼まれる。かくして仁光と勘蔵は山へと向かう……。奇想天外な妖怪譚を巧みな編集を駆使して描いた作品。時折挿入されるアニメーションやVFXも絶大な効果を上げている。様々なジャンルの作品を発表してきた映像作家・庭月野議啓が4年をかけて製作した長編デビュー作。
(東京フィルメックス公式サイトより)

【クロスレビュー】

富田優子/煩悩ボレロは最高!度:★★★★★

僧侶の身でありながら、どういうわけか女性にモテまくる仁光。その原因は自分でも分からない。仏教では女犯は罪であるから、彼は自らの業に苦悩し、そのなれのはてに至るまで、日本昔ばなし風に静かに語られる。これ!といった教訓はないが、強いていえば「自分の運命とどう向き合い、どう受け入れるか(=開き直れるか)」ということか。そう考えると、これは窮屈な現代を生きる我々にも必要なことであり、ある意味で心して見るべき映画だ。
庭月野監督が一人で手がけたというアニメーションやVFXは、大胆かつ緻密な構図で作品のアクセントとなり、観客の感性を刺激する。わけても白眉は仁光の脳内で繰り広げられる「ボレロ」。フランス人作曲家ラヴェルの名曲だが、その音楽の持つ豊穣な狂乱さと半裸の女性の煩悩ダンス(?)とのマッチングが絶妙だ。また尺八など和楽器のアレンジにもつくり手側のセンスが光る。
ただ1点惜しいと感じたのは、仁光に言い寄る女性陣。彼を誘惑するために胸を露わに頑張っているのだけれど、ほとんどの人が眉のかたちを今っぽく整えていたのには、やや違和感があった。

外山香織/主人公のその後が気になる度:★★★★☆

庭月野監督が本作をおとぎ話と称していたが、本当に「まんが日本昔ばなし」を見ているような心持ちになった。挿入されるナレーションや浮世絵風のイラスト、アニメーションもそのテイストを意識しているよう。しかし描かれている内容は全く子ども向きではない。異常なまでに女に好かれてしまう僧が、修行の旅の中で男を惑わすあやかし―山女を退治するよう依頼される。しかし山女と対峙する中で、むしろ自分こそ妖力を持つ異端の者ではないかと気づいてしまう。こう書くと映画『シックス・センス』(99)的な顛末だが、サスペンスホラーというよりも怪談として人間と妖怪が共存する世界と人間(?)の業を独特の感性で描いているのが面白い。特にラヴェル「ボレロ」に合わせて女性が躍るシーンは、昨年末のジルベスターコンサートでバレエダンサーのシルヴィ・ギエムが見せたパフォーマンスを思い出した(2015年テレビ東京で放映)。アーティスティックな見どころも兼ね備えた娯楽作品。

藤澤貞彦/B級グルメ度:★★★☆☆

日本の女性の妖怪は、不幸な女の執念が、化身になるというパターンが圧倒的に多いのだが、この作品はそうしたドロドロ感がまるでない。どちらかというと、やまんば伝説っぽい話ではあるのだが、主人公が修行僧ということで、女性の魅力を恐れ苦悶し、魔女を創り上げた西洋の修道士の葛藤をも思わせる物語となっている。仁光は、出掛ける所どこででも、女性が束になって押し寄せるなど、アイドル並みの人気ぶりであり、そこのところは西洋の魔女物語が結果として女性賛美となっているのとは違い、むしろ男子復権といった趣もあるようにも思う。予算が少ない中で、広重の東海道五十三次など、お金のかからない素材や、お寺、時代劇村のセットなどを使い、映画を豪華に見せているところに、庭月野監督のB級映画魂を感じてしまう。ただし、B級テイストでありながら、画面に凝りアーティスティックでもあること、ボレロを使う大胆さを見るにつけ、ぜひ日本映画界のアレックス・デ・ラ・イグレシア(スペインの監督『スガラムルディの魔女』)を目指してほしいと思うのだが、どうだろうか。


▼第17回東京フィルメックス▼
期間:2016年11月19日(土)〜11月27日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2016/

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