【FILMeX】神水の中のナイフ(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品紹介】

神水の中のナイフ中国西北部の寧夏回族自治区の村。ある老人の妻が亡くなる。イスラム教のしきたりに従い、葬儀から40日後には法要が開かれるが、その時には牛を屠らなければならない。老人の息子は一家が飼っている老いた牛を殺せばいい、と主張するが、老人は家族のように育ててきた牛を殺すことにためらいを覚える……。2015年東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞したペマツェテン監督作品『タルロ』などのプロデューサーを務めたワン・シュエボーの監督デビュー作。イスラム教を信仰する回族の人々の日常生活を静謐なスタイルでとらえつつ、老人と牛との交流を描く。寡黙でありながら、深い感動を見る者に与える作品である。プサン映画祭「ニュー・カレンツ」部門で上映。
(東京フィルメックス公式サイトより)

【クロスレビュー】

藤澤貞彦/おじいちゃんの顔の皺がたまらん度:★★★★★

山には草木が生えず大地は乾燥し、それでいてみぞれや雪も降るという、過酷な環境の村が舞台。ここでは、画面の内から外から常に音が溢れだしている。風が吹きすさぶ音、鶏の鳴き声、牛の啼き声、子供たちの歓声、時計が時を刻む音。例え人々の生活は素朴で貧しくても、この映画の音、映像、そこに映しだされる人々の感情は豊かである。水が印象的に捉えられているのも本作の特徴だ。葬儀の時にリレーされる甕の水、身体を洗うために使われる水、井戸から汲み上げられる水などなど。乾いた土地だからこそ、水は神聖なものでもあるのだろう。妻の法要のため、永年連れ添った牛をと屠らなければならなくなりとまどう老人が、牛小屋で牛と一夜を共に過ごす。その顔に深く刻まれた皺、牛が鼻から吐き出し続ける白い息、それだけを蝋燭のオレンジ色の灯り1本で、ひたすら映し続けるシーンの美しさ、見事さ。共に苦労したという老人の思い、牛への労わりの気持ちが痛いほど伝わってきて、感情が揺さぶられる。生きることの意味、自然への畏れ、感謝の気持ち、私たちはどこかにこれらを忘れてきてしまったのかもしれない。

外山香織/過酷な環境に身が引き締まる度:★★★★★

上映後のQ&Aに登壇したプロデューサーによると、舞台となった地域は、人が生きていくのに困難と世界的にも認知されている厳しい風土なのだそうだ。撮影は現地の人々をキャスティングして行われたと言う。過酷な地に住まうムスリムの人々の暮らし。日々の労働とたゆまぬ祈り。そんな中で、主人公の妻が亡くなると言うことは深く悲しい出来事であっただろう。だが、カメラはその後の四十日法要に向けた日々を映し出す。男にとっては長年一緒に働いてきた牛を生贄とすることに賛同できないでいる。生贄となることは牛を高めることにもなると周囲からも言われるが、天寿を全うさせてやりたいという気持ちが強いのだろう。儀式の重要性は理解している。しかし、妻を亡くし、そのうえ牛までも。信仰か愛か。旧約聖書の「イサクの犠牲」のエピソードをふと思い出した。死にゆく者、生き残った者、新たに生を受ける者。繰り返される生と死が、厳しく壮大な自然の中で際立って見えた。


▼第17回東京フィルメックス▼
期間:2016年11月19日(土)〜11月27日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2016/

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