【FILMeX】オリーブの山(コンペティション)
【作品紹介】
主人公はエルサレム東部のオリーブ山にあるユダヤ人墓地の中の家で暮らす若い主婦、ツヴィア。夫が仕事に、子供たちが学校に出ていった後は一人で家事を行っているツヴィアは、時折気を紛らわすように墓地を散策する。ある夜、衝動的に外に出たツヴィアは、墓地で人目をはばかることもなく抱き合っている男女を目撃する。その瞬間、ツヴィアの単調な日々の生活に大きな転機が訪れる……。ヤエル・カヤムの監督デビュー作となる本作は、イスラエルの厳格なユダヤ教徒の家庭を舞台に、慎ましい生活を送っていた主婦がこれまで想像もしなかった世界を発見するプロセスをストイックに描いた作品だ。2015年ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門で上映された。
(東京フィルメックス公式サイトより)
【クロスレビュー】
藤澤貞彦/その選択、ちょっと待った!度:★★★☆☆
エルサレム東部のオリーブ山にある墓地。この風景が圧倒的に素晴らしい。山一面に広がる白い墓石、その下に広がる街の灯り。この墓地の一画に家族が住んでいる。朝、クアルーンの声と共に目を覚まし、夫と子供たちを送りだし、ひとりポツンと家に残るという毎日は、まだ若い妻にとってはいかにも寂しい。美しいとはいえ、ここは死者たちの場所である。不届きにも墓場で売春行為をしている女性たちに彼女が近づいていくのも、彼女が“生”を渇望していることの証であろう。家の向かいに見える神殿の丘(ユダヤ教)は、ソロモン神殿を破壊しバビロン捕囚から解放されたという歴史のある場所。彼女はいわば家の捕囚であり、それ故に神殿の丘に救いを求めて、毎日それを眺めているのであろう。こういう特殊な場所だからこそ、主婦の孤独や生への渇望が、普通のドラマ以上に際立った作品になったと言える。しかし、そこから脱出する手段として、彼女が最後に選択したことについてはさっぱり理解できないのが、この作品の困ったところである。
外山香織/ラストに悶々とさせられる度:★★★★★
オリーブ山に抱かれた世界最古のユダヤ墓地。広大な敷地に密集して並べられた白い墓石が青空に映え、日本の墓地とはまるで違った開放的で美しい景観だ。そしてその中に主人公ツヴィア一家が暮らす家がある。墓地の管理事務所と見間違う殺風景な外観、家の内部も壁は石がむき出しており、まるで一家は洞窟の中で暮らしている聖家族のよう。そしてこの居住空間と同じようにツヴィアの毎日も閉塞している。日々家事と育児に追われ、神学の教師である夫は忙しく帰りも遅い。そんな彼女が墓地であることを目撃し驚愕する。それはおよそ場違いで天罰が下りそうだが、その開放的な大胆さが彼女の心に火を点ける、その視点が面白い。聖なる地に住まう人間の営みは「聖」ではなく生々しい「生」、そして「俗」である。鬱屈した何かを吐き出すように黙々とタバコを吸うツヴィアが、墓地で出会う人々とタバコを分け合い、火を点けあうシーンはどこかホッとする。彼女が最後になぜあのような行動に出たのか? 誰もが不思議に思うラストは観る者の想像に委ねられている。彼女の解放された結果の行き過ぎた行為なのか、彼女なりの「天罰」なのか……? 未だに疑問である。
▼第17回東京フィルメックス▼
期間:2016年11月19日(土)〜11月27日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2016/