聖の青春

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品紹介】

©2016「聖の青春」製作委員会

©2016「聖の青春」製作委員会

100年にひとりと言われる天才・羽生善治と「東の羽生、西の村山」と並び称されながら、1998年に29歳で亡くなった実在の棋士・村山聖(さとし)。幼い頃から腎臓の難病・腎ネフローゼを患いながらも将棋に全人生を懸け、全力で駆け抜けた“怪童”の短くも壮絶な生涯が、師弟愛、家族愛、ライバルたちとの友情を通して描かれている。原作は大崎善生の同名ノンフィクション小説。村山には松山ケンイチが扮し、20㎏以上も体重を増量したという役作りで精神・肉体面の両方から村山の真実にアプローチする。ライバル・羽生を演じるのは東出昌大、さらに染谷将太、リリー・フランキー、竹下景子らが、人間の知の限界に挑戦し続けた伝説の将棋指しの人生を、愛情豊かに描き出す。

【クロスレビュー】

北青山こまり/なにかひとつことに賭ける生き様への憧れ度:★★★★☆

デ・ニーロアプローチ的な効果含め、主役の松山ケンイチの役作りはすさまじかった。将棋を愛し、漫画を読み耽り、牛丼にこだわる青年、村山聖。ライフスタイルはむちゃくちゃだが、周囲の人間を惹きつけてやまなかった「怪童」をスクリーンの中にチャーミングに生き返らせた。そして、羽生名人役の東出昌大が醸し出す端正な「羽生感」である。聖と羽生の関係性はとても繊細に描かれていて、雪の夜、地方の居酒屋でふたりきりで飲み交わしながら人生観を静かに共有し合う場面が美しい。聖と羽生をとりまく演者たちもそれぞれに居方を極めていて、聖の師匠で枯れた魅力のリリー・フランキー、ガラは悪いが人間味に溢れた棋士・柄本時生…、編集者役の筒井道隆などはもう登場してからしばらく誰だかわからないくらいの作り込み方だった。将棋会館の内部や独特なお作法を見ることができるのも興味深い。それにしても、将棋の対局があれほど激しいものだったとは。長時間にわたって相手に向き合い、命を削るようにして駒を進めるさまは清らかなエロティシズムに満ちていて、鳥肌が立った。

富田優子/真剣勝負とは官能的な営み度:★★★★★

「打倒・羽生」という、村山の羽生への一途な“片思い”から端を発した、二人の渾身の対局。「怪童」と「天才」と呼ばれた二人だけが見た景色は確かに存在し、互いに深いところで認め合う者同士でしか分からないものだろう。二人がそこに到達した深淵な勝負は、セックスの絶頂を迎えたときのように官能的だった。二人の外見からはエロ的要素ほぼゼロなのだが、心身を激しく消耗するほどの苛烈な対局に息づくエロスに、嘆息せずはいられなかった。
「一度でいいから女を抱きたい」と村山がつぶやくシーンがある。病ゆえに彼は恋をして、女性と性交渉を持つことはできなかった。だが羽生との一世一代の大勝負は、もしかしたらそれ以上の興奮を彼にもたらしたのかもしれない。そう思うと胸が締め付けられるほどの切なさに襲われるのと同時に、命を賭けるほどに愛したものがあったことに羨望の思いも去来する。村山が幸福だったのか不幸だったのかを判断するのは難しい。だが、彼の“青春”は伝説となり、こうしてスクリーンで輝き続ける。そんな村山を体現した松山ケンイチの新たな代表作になるのは間違いない。

外山香織/将棋のことをもっと知っていたら…と思わずにはいられない度:★★★★★

実は山形県天童市の出身である。将棋の駒の里として知られ、竜王戦など大きな対局も行われているのだが、私自身は一度も将棋を指したことがない。そして今回ほど、それを悔しく思ったことはなかった。本作の主人公は持病に苦しみ早逝したプロ棋士。闘病シーンも出てはくるが、難病モノという印象は薄い。それは数々の対局シーン……なかでも村山さん(松山ケンイチ)と羽生さん(東出昌大)との対局が、もはや病気云々を超えた、ある高みに到達した者だけが臨むことができる魂のやり取りとして描かれているからだ。劇中、羽生さんが村山さんに慰めの言葉を掛けていないのも印象的。そして二人の役者は最後の大勝負の棋譜をすべて暗記して撮影に臨んだと言う。鬼気迫る場面に彼らの言葉は一言も発せられない。説明もほぼない。それらがなくても凄味はびりびりと伝わってくる。が、将棋の知識があればもっと……というのが個人的には悔しいのだ。人生に長いも短いも関係ない。どう生きたか。今、つくづくと感じている。


11月19日(土)全国公開

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