【TIFF】名誉市民(ワールド・フォーカス)
作品紹介
ノーベル文学賞を受賞したダニエルは、出身地であるアルゼンチンの小さな町から、名誉市民賞授与の知らせを受ける。30年以上スペインに住んでおり、二度と戻らないはずだったが、帰郷を決意する。しかし、そこでは意外な展開が待ち受けていた…。シニカルな作家が巻き込まれる騒動が、ユーモアとウィットを交えて描かれる。(TIFF公式サイトより)
クロスレビュー
藤澤貞彦/人間の愚かさ度:★★★★★
ノーベル文学賞受賞作家が、生まれ故郷から名誉市民授与のイベントの招待を受ける。ノーベル賞授賞式では、あまり喜びを見せなかった彼が、役所が作った、いかにも素人くさい自分の紹介ビデオを観て、涙を流すのがたまらなく可笑しい。作家の虚栄心が、モロに出た瞬間だからである。おらが村から有名人が出た。最初は好奇心もあって、彼は歓迎されるのだが、それは徐々にほころび始め、嫉妬ややっかみ、逆恨みにおねだりなどなど、村人たちのエゴがすべて彼に向けられる。さらにはお役所の事なかれ主義、小さな肩書を持ったばかりに威張り散らす御仁なども現れて、ああこれは、単なる田舎町の人間コメディではなく、小さな組織から国単位まで、社会、集団あるところに必ず起こりうる、人間たちの愚かさを描いたコメディなのであった。さらにこの作品は、二重三重の仕掛けを作り、どんでん返しまでやってのけ、それがいかにもラテンアメリカ文学の魔術を思わせて、クラクラする思いがした。
鈴木こより/ノーベル文学賞って素直に喜んで貰ってはいけないの?度:★★★★★
ノーベル文学賞って素直に喜んで受け取ってはいけないものなの?と思わせるコメントを残し、授賞式の場をドン引きさせた作家のダニエル。偏屈なキャラかと思いきや、彼がどんどんマトモに見えてくるから、閉鎖的な田舎の人間関係って面白くて怖くて奥が深い。前半は故郷の人々の気取らない素朴すぎる言動にほっこりし笑いが止まらないが、後半は一転。作家を利用して這い上がろうとする彼らのエゴがむき出しで、見終わった後も身震いするほど。ノーベル賞作家とはいえ所詮は人間、地元の歓待や誘惑には油断もするだろう。まさかのハニートラップといい、作り手のシニカルなセンスが炸裂。作家の言葉にならない情けない気持ちを、オスカル・マルティネスの瞳が雄弁に語る。
富田優子/劇場公開されないなんてもったいない!度:★★★★★
『ニュー・シネマ・パラダイス』では映画監督として成功した主人公が久しぶりに帰郷したとき、懐かしい人々は彼を温かく迎えてくれていた。だが本作では30年ぶりに故郷へ戻ったダニエルを地元の人々は当初は歓迎していたものの、彼らの乾いた笑顔の下には嫉妬や劣等感などの負の感情が渦巻いていた。人間とは善意より悪意に傾くほうが楽な、罪な生き物。いつまでも「いい人」なんかやっていられない。だから本作のほうが『ニューパラ』よりもはるかにリアルだと思った。さらに上手いのが、舞台を首都ブエノスアイレスから(近道をしても)車で6時間の距離という田舎に設定したことだ。そのおかげで地方の閉塞感と人間の弱さが悪い意味で化学反応を起こし、ブラックさが炸裂している。だがこれはフィクションにとどまらず、現実の世界でも起こり得る醜悪な出来事で、つくり手側の鋭い観察眼に瞠目する思いだ。このような秀作が劇場公開されないのは非常にもったいない。配給がつくことを心から願っている。
第29回東京国際映画祭
会期:平成28年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:http://2016.tiff-jp.net/ja/