【TIFF】グローリー(ワールド・フォーカス)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

グローリー

(c) Kristina Grozeva andPetarValchanov(ABRAXAS FILM)

質素で孤独な生活を送る鉄道員が、ある出来事をきっかけに官僚の偽善的企みに巻き込まれてしまう。彼は自分のささやかな尊厳を取り戻そうと抵抗するが…。監督コンビの前作『ザ・レッスン/授業の代償』は、女性教師が夫の金銭のトラブルのために窮地に陥っていく様を、転がるようなサスペンスで見せたが、本作では官僚に翻弄される善意の労働者と、彼らの人間性を省みない官僚との関係を、全く先の読めない巧みでスリリングな展開で描いていく。運命のいたずらを自在に扱う脚本力と、テンポの良い演出力を備え、社会システムの犠牲になる労働者の苦境をエンタテインメントとして成立させる監督たちの力量は本物である。本作は3部作の2作目であるらしく、3作目が早くも期待される。前作で教師を演じたマルギダ・ゴシェヴァが、本作では周囲を凍らせるほど身勝手な役人を演じ、達者振りを発揮している。

クロスレビュー

藤澤貞彦/官僚の冷酷度:★★★★☆

鉄道の保線管理の仕事をしている、貧しく善良な男ツァンコが、線路に落ちていた大金を届けたことから、運輸大臣から表彰される。ところがそれが、鉄道会社と官僚の不正疑惑の目くらましに利用される。男のインタビュービデオを観た官僚たちが、彼の吃音に腹を抱えて笑う姿に、彼らの冷酷さが表れる。授賞式のため役所にやってきたツァンコを、形ばかり丁寧には扱いながらも、内心馬鹿にしているのもよくわかる。女性広報部長が彼の大切な腕時計を無くすというのは、それが最も顕著に表れたものといえよう。しかし、その1つの失敗は、雪だるま式に事を大きくしていく。その過程の中で、1人の男の人生が狂うことよりも組織のほうが大切という彼女の論理(組織の論理)が、どこから来るのかということが明らかになっていく。実際世の中は、こういう人たちの集合体によって動かされている。日本では、その最たるものが、福島の原発事故だった。『ザ・レッスン/授業の代償』もそうだったが、クリスティナ・グロゼヴァ監督は、小さな出来事にこそ物事の本質が隠されていると、考えているのだろう。

北青山こまり/人間らしさとは他人を大切にすることだとつくづく知った度:★★★★☆

まず、都合の悪いことがあるといいニュースを盛り上げてごまかそうとするのはどこの国も一緒なんだな、と思った。BGMがなく、時間を読み上げる声や線路をたたく金属音、カーステレオなどの生活音だけという音声編集が臨場感を増す。父からもらった腕時計の針を時報に合わせるのが日課の善良な労働者が、身勝手な権力者たちに利用され、陥れられ、消費されていくのを見るのはつらく、はらわたが煮えくり返る展開。ユーモラスで笑える場面もあり、女官僚ユリアが自分が人からどう思われているかをんぜんわかっていないのも滑稽なのだけれど、彼女の空気の読めなさ、問題に向き合えない弱さ、逃げるずるさなどは、もしかしたら自分も知らず知らず同じようなことをしてやしないかと思わされてゾッとした。


第29回東京国際映画祭
会期:平成28年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:http://2016.tiff-jp.net/ja/

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