【TIFF】フィクサー(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

フィクサー売春をしていた少女がパリからルーマニアに強制送還された。事件を取材するTVクルーを手伝う記者は手柄を立てようと張り切るが、少女への面会は難航し、記者の前にヨーロッパの闇が立ちはだかる…。

ゼロ年代中頃からルーマニア映画は世界の映画祭を席巻し続けているが、本作が長編5作目となるA・シタル監督もその一角を狙う存在である。現代ヨーロッパが抱える問題の中で、ジャーナリストとしての職業倫理と葛藤する主人公の心理が、息子との関係にも影響を及ぼしていくなど、スリリングなストーリーテリングが堪能できる心理ドラマである。本作とほぼ同時期に製作され、ベルリン映画祭に出品された前作の『Illegitimate』(16)は、常識や倫理が持つ意味を、カオティックな家族の物語の中で相対化して見せる傑作であった。2作に共通するのは、現代社会における個人のモラルの危うさである。ルーマニアの注目作家による屈指の演出力に注目したい。

クロスレビュー

鈴木こより/ドラマチックではないけれど語られるべきテーマ:★★★★☆

記者見習いのラドゥは、ヨーロッパにはびこる少女売春の実態をスクープして、一人前になるという野心を隠さない。各方面への根回しと執念で、ようやくパリから強制送還された14歳の少女に接触するチャンスを獲るのだが…。怯える少女と対面した、ラドゥとフランスのベテラン記者との対比が巧く、正義という名のもとに行われる取材と自主規制の葛藤が浮かび上がる。「もっと見たい、知りたい」という欲求がエスカレートするなか、語られ続けなければならないテーマである。監督自身、少女が取材を受けるシーンの撮影には、彼女の両親にシーンの説明をするなど相当気を遣ったといい、過激な演出に頼ることなく、信念に従って新たな表現を模索する姿勢に好感を持った。

北青山こまり/伝える側に痛みがない報道なんか嘘だと気づかされる度:★★★★☆

ルーマニアで実際に起こった事件を元に描かれていて、主人公にもモデルがいるという。1人が語れば10人が助かる、でもそれと引き換えに、語った1人の心が死んでしまうとしたら…少女への取材の真っ最中、彼は、自身のジャーナリストとしてのエゴに気づいて大きく揺らぐ。仲介者という立場上、彼にインタビューの主導権はないのだけれど、インタビュアーのぶしつけな質問をわずかに柔らかく置き換えて通訳する(日本語字幕もそこを大切にしているように感じた)ところに静かな意志が滲み出る。出世願望やコンプレックス、パートナーや継子との関係性に苦心するさま、酒場で、たしかピアフの「水に流して」をサックスで伴奏するときの無邪気な表情…演じるトゥドル・アロン・イストドルの、色素の薄い大きな瞳はとても雄弁で、出口の見えない重いテーマの中、場面場面でなんとか誠実であろうとする彼の居方に救われた。


第29回東京国際映画祭
会期:平成28年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:http://2016.tiff-jp.net/ja/

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