【TIFF】誕生のゆくえ(コンペティション)
作品紹介
パリとファルハードは演劇と映画を仕事にする中流階級の夫婦。ふたりは愛し合い、ひとり息子とも幸せに暮らしているが、パリは再び妊娠。ふたりとも望んでいない妊娠だった。いったんは中絶で合意したふたりだったが、パリは疑問を抱き始める。
現在のイラン映画では、畳みかける会話の応酬が緊迫感を盛り上げ、そのまま物語をリードしていくスタイルが主流となっている。本作もその流れを象徴する1本である。2子目を産むかどうかで意見の食い違う夫婦の物語は、現代社会において普遍性を持ちつつ、その議論の進め方にはイラン社会特有の価値観も垣間見える。事態が次第に取り返しのつかない状態に転がってしまう展開も、昨今の優れたイラン映画に特有であり、80年代よりドキュメンタリー編集や短編製作を手掛けてきたキャリアの長いアブドルヴァハブ監督の確かな力量が伺える。夫を映画監督、妻を舞台女優と設定することによって、現代イランにおける表現活動の実態を伝えようとする監督の意図も見逃せない。
クロスレビュー
藤澤貞彦/テヘランで子育てはしにくい度:★★★★☆
中絶をするかしないか、文字どおりその誕生のゆくえを夫婦それぞれの立場から描いた作品である。働く女性が、自分のキャリアと出産どちらを選ぶかを悩む状況は、イランだけの問題ではない。彼女がキャリアを積み上げられる時期が限られている女優であるということで、そのことが一段と強調されている。この作品が秀逸なのは、中絶の是非云々を問うのではなく、夫婦の葛藤をとおして、そのような状況にならざるを得ない社会的背景を描いているところにある。都会での子育ての問題、核家族の問題など色々な要因がそこにはあるのだが、夫婦のそれぞれの家自体に、そもそも最初から身分が違うとさえ言えるほどの格差が存在することに、イランならではの現実も垣間見られる。また、夫婦の職業を女優とドキュメンタリーの製作者とすることで、演劇での検閲の現状がさりげなく描かたり、テヘランの社会問題を扱ったテーマの作品が、テレビで取り上げること自体が難しい、といった現実がさりげなく描かれている点も興味深い。限界ギリギリの描写なのではなかろうか。
富田優子:ファルハディの二番煎じではなくて良かった度:★★★★☆
近年のTIFFコンペに出品されるイラン映画は、どうもアスガー・ファルハディ監督作品の二番煎じ感が否めなかったが、本作はそれとは一味違い、監督のオリジナリティーを感じた。中絶は女性に与えられるべき権利の一つだと思うが、同時に出産も女性の権利である点にフォーカスしたのは新鮮だ。第2子出産を巡って映画監督の夫と女優の妻の意見が対立。夫は中絶を、妻は出産を主張し平行線のまま。夫が「家長である夫に従って中絶しろ」と言えば、妻は「私はあなたにずっと好きなことをやらせてきたのに何よ!」と一歩も引かない。上映後のQAでも妻を演じた主演女優コルダが「イランでの女性の大学進学や社会進出が目覚ましい」と述べていたように、妻が仕事を持つことで夫と対等となり、夫を頂点とした家長制度が崩れてきた現状も巧みに生かしている。ただこの問題はイランだけではなく共働き家庭の多い日本でも起こりうることで、他人事には思えない。新たな命の〝誕生のゆくえ”を通して、新たな家族の姿を模索する、普遍的なテーマを提示している。
第29回東京国際映画祭
会期:平成28年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:http://2016.tiff-jp.net/ja/