【TIFF】天才バレエダンサーの皮肉な運命(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

天才バレエダンサーの皮肉な運命

(c) Sergey Bezrukov Film Company

アレクセイ・テムニコフは名の知れた天才バレエダンサーだが、90年代にその短いキャリアは突然終わっていた。20年後の現在はバレエ教室を営み、傲慢で冷淡な性格が周囲との軋轢を招いているが、全く気にする様子を見せない。達観したように生きるアレクセイだが、次第に体調が悪化するに従い、人生の選択を迫られる。

本作が3本目の長編劇映画となるアンナ・マチソン監督は、舞台との関わりも深く、本作でも威風漂う姿を見せるマリインスキー劇場の舞台監督や美術などを手掛けている。同劇場の芸術監督ワレリー・ゲルギエフが指揮するオペラの映像監督も務め、その縁でゲルギエフが本人役で登場するが、ここで虚構と現実の境が曖昧になり、実在のダンサーの生涯を追っているような効果を本作にもたらしている。マジカルなカメラワークも楽しく、スケール感のあるエンターテイメント作品として、従来のロシア(映画)のイメージを覆す作品である。主演のセルゲイ・ベズルコフは舞台と映画の双方で活躍するロシアの人気俳優である。

クロスレビュー

外山香織/徹底したシニカル路線:★★★★★

ある分野のトップに立った人間にとって、その後の人生をどう生きるかということは、いつの世でも注目されてしまうものではないだろうか。本作の主人公は、ロシアバレエ界を牽引したトップスター。引退後はバレエ教室を営んでいたが、ケガの後遺症が原因で余命宣告されてしまう。才ある人は一風変わっていることが多いと言うが、彼もまた然り。バレエ至上主義の彼にとって他のことは二の次なのだ。しかし自分に12歳の娘がいたことが判明し、外界にも徐々に目が行くようになっていく……。タイトルは“After You’re Gone”。センチな追悼番組が流れることを嫌った主人公だが、天才であっても死後まで自分の思うように操ることはできないと言う皮肉。しかも過去に吐いた暴言がYouTubeにアップされいつまでも残ってしまうのもこのご時世だ。重苦しくもできるテーマだが、一貫したコミカル&シニカル路線が心地よかった。

北青山こまり/なにかを残せる人生ってなんだろう…と目が遠くなる度:★★★★☆

冒頭場面のやたら背筋ピンな立ち方、高級車の窓から放り出した手先の優雅な動きは、主人公がバレエダンサーであることをわかりやすく表現している…ようでいて、逆にダンス経験者が見れば、ああプロダンサーではない役者が演じているんだなとすぐわかる。実際、主演のセルゲイ・ベズルコフは「ダンス”も”踊れる俳優」なのだそうだ。そこがよかった。素行不良が原因でリタイアしたスターダンサーの傍若無人な佇まいと、彼が抱える痛みとの両方が、ある程度の距離をもってコミカルに、シュールに表現されていて、だからこそ伝わるものがあったと思う(こういう役を同業者にリアルに演じられると、辛くてとても見ていられない…)。ともあれ主人公アレクセイの問題児ぶりは笑えるわ腹たつわで見ているこちらも忙しいのだけれど、話を追ううち、彼のなかで、完全燃焼できないままくすぶり続ける才能が悲鳴をあげているのがわかってくる。「モーツアルトでありたかったのに、サリエリになってしまった」と自棄する姿。爆弾を抱えた腰をけんかの挙句さらに痛めつけてしまい、ひっくり返ったまま子供のように泣く姿。アンナ・マティソン監督(ちなみにセルゲイの奥さんですごい美人)は劇場関係者であり、アーティストとしての生命がとても短いバレエダンサーという職業を深く理解しているのだろう。原題の「After You’re Gone」にも託された、不器用ながら、なにかを必死に残そうと奮闘する主人公への温かな愛情を感じることができた。


第29回東京国際映画祭
会期:平成28年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:http://2016.tiff-jp.net/ja/

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  1. ここなつ映画レビュー

    「天才バレエダンサーの皮肉な運命」第29回東京国際映画祭

    コンペ作品。ロシア映画。監督は女性監督のアンナ・マティソン。とても楽しい作品。過去の栄光を今に引きずりながら、プライド高く(人から嫌われながら)生きて行く天才バレエダンサーのお話。コメディである。しかし、コメディであってもコメディ「だけ」ではない。バレエに生きバレエに死す、類稀な芸術家の話である。プリズムの色彩の迷路の中を踊る踊り子。好きな出だしだ。物凄く姿勢の良い男がいる。「あなたの跳躍は今でも世界一だと思いますか?」と尋ねられている。彼こそはアレクセイ・テムニコフ。18年前、突然ボリショイバレエ…

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