『ティエリー・トグルドーの憂鬱』ヴァンサン・ランドンさん
ティエリー・トグルドー、51歳。家族は妻と障がいを持つ高校生の息子1人。エンジニアとして勤めた会社を不当に解雇され、21ヶ月失業中。ハローワークを回り、就職講座では容赦ないダメ出しをされ、面接にこぎ着けても不採用。そんな彼がようやく見つけた職はスーパーの警備員だが、その仕事は客の万引きから同僚の不正をも監視し、会社の上層部へ報告するというものだった・・・。
現在のフランスは頻発するテロ、移民・難民問題とともに、10%という高い失業率が深刻な社会問題となっている。ティエリーのようにささやかな生活を送りたいだけなのにそれを許してくれない状況は、フランスだけではなく日本、そして世界のあらゆるところで起こっている。何とも厳しい雇用問題、格差社会の実態がリアルに描かれているのが本作『ティエリー・トグルドーの憂鬱』の特筆すべき点だ。歪な社会で心身を消耗していくティエリーの最後の決断に、あなたは何を思うだろうか。
ティエリーを演じたのはフランスきっての名優ヴァンサン・ランドンさん。『友よ、さらばと言おう』(14)での激しいアクションや、『母の身終い』(12)での母親の安楽死問題に直面し葛藤する男など、数々の名演を披露してきたヴァンサンさんだが、本作で昨年のカンヌ国際映画祭や今年のセザール賞の最優秀男優賞を受賞。俳優としてさらに一段高みに上がった感もあるヴァンサンさんにお話を伺った。
――本作はフランスの雇用問題の厳しさを描いています。日本でもティエリーのように経済的に追い込まれている人はたくさんいることを思うと他人事ではなく、心が痛みます。
ヴァンサン・ランドン(以下VL):まさにその通りで、“ティエリー”はフランス、日本だけではなく世界中のどこにでもいます。この映画は絶望的な社会に対して憤りを感じ、戦おうとしている人物を丁寧に描いていると思います。
――本作はフランスで約100万人の人が鑑賞したという大変なヒットとなったと伺いました。本作がなぜ多くの人の支持を集めたのか、ヴァンサンさんご自身はその理由をどのように感じておられるのでしょうか?
VL:実は私にもよく分からないのですが、多分ティエリーは現代のヒーローのように捉えられているのだと思います。昔のヒーローと言えば、例えばカウボーイのように、悪を叩きのめす存在だったのかもしれません。ただ現代のヒーローとは、度の過ぎたグローバル化や社会の不正に対して“Non”と言える人だと思います。強者がつくったシステムや法に対抗するのはとても大変ですが、こんな理不尽な社会の奴隷に成り下がりたくないというプライドがあるのだと思います。ですから多くの人が(すでにティエリーと同様の困難に直面している人も含まれると思いますが)ティエリーのように生きたいと考えたことが、ヒットの理由のひとつかもしれません。
――ティエリーを演じるにあたり、参考にした人物もしくは事件などはあったのでしょうか?
VL:ティエリーになるために必要なものを探す手間は不要でした。なぜならただ周りを見渡すだけで良かったからです。大変残念なことですが、フランスには失業者があふれ、生活に困窮している人はカフェにも映画館にも、あちこちに大勢います。彼らはティエリーのように自信や希望を失っているのです。
――また具体的な役づくりについてですが、若い頃のティエリーは収入もあったし、恐らく希望や自信に満ちていたと思うのです。そのような若い時代を想像したうえで、現在のティエリーを演じていたのでしょうか?
VL:その方法は私の役づくりのプロセスとは違います。たとえば(演じるべき)キャラクターの20年前を想像するというよりは、むしろその逆で、今の彼はどんなふうに動くのか、どんな服を着るのか、どんなものを食べるのか、どんな話をするのか、どんな仕事をするのか・・・など、現在進行形の外面を重視しています。これに成功すれば役づくりはそれほど難しくありません。外見を整えれば、キャラクターが持つ哲学などはおのずとついてきます。彼の哲学や若い時代を先行してリサーチしたとしても、実際に今の彼を演じている動きに嘘や不自然さがあれば、観客はそのキャラクターを信じてくれないと思うからです。