(ライターブログ)チベット文化を描いた作品に注目=第19回上海国際映画祭を振り返る

『ラサへの歩き方~祈りの2400km』チャン・ヤン監督が存在感

 オープニングの様子をお伝えしたきりになっていた第19回上海国際映画祭。閉幕から既にひと月たってしまいました…。日本での報道は藤山直美さんの金爵賞最優秀主演女優賞受賞のニュースが伝えられた程度でしたが、最優秀作品賞は『徳蘭』(現題)というチベット人居住地域を舞台にした中国映画が受賞しています。

『徳蘭』の舞台挨拶に登場した董子健。中国映画界のホープ(写真提供=上海国際映画祭)

『徳蘭』の舞台挨拶に登場した董子健。中国映画界のホープ(写真提供=上海国際映画祭)

  『徳蘭』は1980年代の雲南省西部のチベット人居住地域を舞台に、信用社(農民が個人で融資を受けることができる金融機関)に派遣され貸付金の回収にやってきた漢族の少年と、チベット人少女とのはかない恋を描いた作品。主人公の少年を、『山河ノスタルジア』など話題作への出演が続く若手俳優・董子健(ドン・ズージェン)が好演しています。想いを寄せる少女には夫がおり、しかもその兄弟とも結婚しているという一妻多夫制を目の当たりにして大ショックを受けたり、金を貸してもすぐ飲みつぶす勤労意欲のないチベット人に絶望したりと、ウブな少年は物語が進むにつれて身も心もボロボロに。実際には名プロデューサーを母に持つ都会っ子の董子健ですが、撮影前に暫くチベット人居住地域で生活し、風貌から田舎の少年になり切ってみせた演技は素晴らしいです。けれど、「漢族が手助けする前のチベット人は、こんな後れた暮らしをしていました!」と宣伝しているようにも見えて、映画自体は筆者は正直あまり乗り切れないものでした。

 今年はこの『徳蘭』だけでなく、チベットを舞台にした作品が目立ちました。コンペティション部門(長編劇映画)の審査員には、『オールド・ドッグ』『タルロ』などで注目のチベット人監督ペマツェテンの名前も。映画祭全体のテーマとして、習近平政権による“海と陸のシルクロード”経済圏構築を目指す戦略「一帯一路」を掲げて、対象国・エリアの作品を意識的にセレクトしていたこともあり、チベットについても何かしらの政治的意図があったのかも…と考えてしまいます。

『ラサへの歩き方~祈りの2400km 』より

『ラサへの歩き方~祈りの2400km 』より

 映画祭期間中、会場でひときわ目を引くワイルドな出で立ちの人物がいました。長髪に粋なカウボーイハット。チベット人のフォークシンガーかと思えば、『スパイシー・ラブスープ』『こころの湯』などで知られる監督の張楊(チャン・ヤン)でした。今回、コンペティション部門にチベットを舞台にした新作『皮縄上的魂』を出品し、同作は最優秀撮影賞を受賞しています。また、同作の前に長期にわたってチベットで撮影した『岡仁波斉』(原題、カイラス山の意)も上映されたため、全身チベットの香りをまとっての登場だったわけです。
 1998年に『こころの湯』の撮影で訪れてから、ずっとチベットで映画を撮りたいという気持ちを持ち続けていたという張楊。当時はフィルム撮影だったこともあり、インフラが十分に整備されていないチベットでの撮影は物理的にも難しく、実現には20年待たなければいけなかったそうです。

 ちなみに『岡仁波斉』は、『ラサへの歩き方~祈りの2400km』という邦題で7月23日より日本で公開されます。五体投地で聖地ラサ、そして聖山カイラスを目指す巡礼者たちの姿をカメラに収めた作品ですが、ドキュメンタリーではなく、一応おおまかなプロットにのっとって撮られたフィクションです。巡礼者とともに生活し、彼らのリアルな姿をとらえた映像は必見!
 長い巡礼の旅の間、ごく当たり前のように「生」と「死」の訪れに向き合い、彼らは静かにそれを受け入れ、再び前に進んでいいます。そこに見えるのは、信仰でも、ドラマティックな人間ドラマでもない、ただ日常を大切にする幸せ。チベットに関心がある人も、ない人も、物質主義に疲れたらぜひ観て欲しい1本です。

『ラサへの歩き方~祈りの2400km』
監督・脚本:チャン・ヤン
出演:チベット巡礼の旅をする11人の村人たち
118分/中国/2015/COLOR/チベット語
配給:ムヴィオラ FB:www.facebook.com/lhasa2016

7月23日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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