【フランス映画祭】パレス・ダウン
この作品では、事件に遭遇した一家族の記録が、細部にまで描き込まれているのに対して、事件の背景や、犯人の素生についてはほとんど語られていない。重要なのは、観客に事件そのものを追体験させることと、事件の前と後、少女の中で何がどのように変化したかを見せるところにあるからである。
それでも事件前に少女が見たムンバイの風景、インドのドキュメンタリー映画の巨匠のスタッフでもある、撮影監督ピーユーシュ・シャーが撮影した映像には、事件の背景がしっかり写り込んでいる。ビルの上には違法な増築がなされ、通りには掘立小屋が並び、粗末なものを着た人々が、その間を縫うように歩いている。そこここにある貧困。観光名所でもあるハジ・アリー廟に至る砂洲のような道には、ゴミが散乱している。それらと、豪華なタージマハル・ホテルが対比されているのである。ドキュメンタリーと見紛うかのような臨場感溢れるこれらの映像はドキドキしてしまうほどで、この豪華なホテルにいる限り、安全は保障されるという印象を際立たせている。そのうえ、高い窓から眺めている限りムンバイの風景は、このうえなく美しい。これらに象徴されるように、ヨーロッパ人は、この居心地の良い部屋のガラス越しからアジアを見てきたのに過ぎないのかもしれない。そしてそれこそが今日の社会情勢(頻発するテロなど)へと繋がっていくのである。
ニコラ・サーダ監督が選んだロケ地、インドの撮影監督ピーユーシュ・シャーが写した風景には、奇しくも大英帝国とインド、ここでは少数派になるイスラームの象徴的建物が、狭い地域に存在している。インド門は、ジョージ5世夫妻の来印を記念して建てられた、いわば植民地主義のシンボルである。インド・サラセン調とヴィクトリアン・ゴシック様式が混じったタージマハル・ホテルは、エキゾチックでいかにも大英帝国時代の名残を思わせるが、元々は民族主義者であったインド人が自国の威信をかけて建設したものであり、むしろインドの国威発揚の象徴である。そしてハジ・アリー廟はイスラームの聖者の墓であり、彼らの聖地になっている場所である。英国によって、対立が煽られたヒンズー教徒とムスリムだったが、その後インドは経済発展し、その影でパキスタンとインドに住むムスリムたちは、不遇な地位にとどまっている。その歴史の流れがそれぞれの建物には刻まれている。テロリストたちが、このホテルをターゲットの一つに選んだのは、決して偶然ではない。そういう意味では、この風景自体に事件の本質が潜んでいるとも言えるのである。
事件後少女は、今までと違う自分の姿を意識している。心に傷を抱えて、どうやって生きていこうか。悩んでいる。一方で、事件については何も語らず、忘れたいと願う人たちもいる。フランスに戻ってからの風景は、穏やかに、彼らを包みこんでいるようにも見える。しかし、この映画を編集している段階で、シャルリ・エブド襲撃事件が起こる。また、映画の公開直前には、他ならぬパリで同時多発テロが起きてしまった。ヨーロッパの人々にとって、この問題は遠いムンバイの話ではなく、身近なものになってしまったのである。彼らは、もはやガラス越しに外を見ているだけでは済まない状況に追い込まれているのだ。この作品は、意図せずして、テロを予見するかのような映画になってしまったが、実はすでに監督が製作を思いついた時点から、フランスの一連の不幸な事件への秒読みは始まっていたのかもしれない。
※新宿シネマカリテのカリコレ2016(7月16日~8月19日)の中で限定公開
【フランス映画祭2016】
日程:6月24日(金)〜 27日(月)
場所:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長:イザベル・ユペール
*フランス映画祭2016は、プログラムの一部が、福岡、京都、大阪でも上映されます。
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2016/
Twitter:@UnifranceTokyo
Facebook::https://www.facebook.com/unifrance.tokyo
主催:ユニフランス
共催:朝日新聞社
助成: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC/TITRA FILM
協賛:ルノー/ラコステ/エールフランス航空
運営:ユニフランス/東京フィルメックス