【柳下美恵のピアノdeシネマ2016】第4回『ロイドの福の神』ゲスト新野敏也さん
【新野敏也さんによる『ロイドの福の神』上映後解説】
今ご覧になっておわかりになったかと思いますが、ロイドは自分で面白いことは一切やらずに状況で笑いを作るんです。この方法が現代のアメリカ映画の主流になっています。ロイドとハル・ローチが一緒に編み出した、このシチュエーション・コメディこそが、今の喜劇のお手本となったのです。けれども当時は、ロイドの映画に影響を受けた人というのは、おりません。逆に最初にお見せしたドタバタ喜劇のほうが、特に後半のアニメーションとの合成によるギャグシーンが、パット・サリヴァン(フィリックスの作者)、テックス・アヴェリー(バックス・バニーの作者)やウォルト・ディズニーなどアニメーターたちに大きな影響を与えました。今では、ロイドの映画は、ジョージ・ミラー監督の『マッドマックス怒りのデスロード』の参考にもされているのですが。
では、CMカメラマンの方も腰を抜かしたバスのシーンを、どうやって撮ったかというのを説明させていただきます。今の映画ですと、車のセットを作り、ブルースクリーンを背景に撮影をし、後で別の画像と合成するのですけれども、これは実写です。左ハンドルの車に対して左側から画を撮っていますが、狭いバスの中ではこうしたアングルは撮れないはずなのです。なぜ実写でこんなことができたのか、種を明かしますと、大型トラックの荷台にバスの車内セットを組んで、カメラを置いているのです。この赤で描いたところがバスのセットになるわけです。
ちょっと上から見てみますと、赤く塗ったバスのセットの左側に本当のドライバーがいるのがおわかりになるかと思いますが、カメラの位置からして、この人は画面に写らないようになっています。ここからですと、運転席から客席へ、そしてまた運転席へとカメラアングルを自在に動かすことができます。俳優たちはこのセットの中で演技をしているわけです。だから窓から見える背景は、本物の風景、実写ですね。ロケ地はロサンゼルスの街です。道路を全面的に通行止めにして撮影したそうです。で、同じく2階のセットもトラックの荷台に組みまして、櫓の上にカメラを置いて、多分シーソーみたいな仕掛けで動くようにしたりして、撮ったんですね。
【トークショー】
柳下美恵さん(以下柳下) 「ありがとうございました。今日は肉筆の素晴らしい…」
新野(新野敏也さん以下新野) 「略画ですから」
柳下 「さっきずっとカフェで描いていたって、メールにありましたけれど(笑)」
新野 「そりゃ、ギャグじゃないですか(笑)私は道化を演じるためにきたわけじゃありませんので(笑)」
柳下 「今の説明でとてもよくわかったのですが、それにしてもかなりのスピードが出ている中での撮影なのですけれども、カメラとか大丈夫なんですか。それとも、遅く動いているのを早回しにして、スピードが出ているように見せているだけなんですか」
新野 「実際のスピードでやっているはずです。何キロ出ているかまではわからないですけれども」
柳下 「よくカメラ大丈夫ですね」
新野 「きちっと固定しているとは思います。あと、35ミリのフィルムですのでカメラも相当大きいはずなんです。この当時のカメラはとにかく重たいんで、がっちり固定するために、トラックの荷台にボルトで止めていたんだと思います」
柳下「人間も振り落とされそうな勢いで(笑)」
新野 「今回は1秒24コマで上映させていただきました。なぜかといいますと、今日のフィルムはロイドが存命中に復刻したヴァージョンで、本人が24コマを指定したからなのです」
柳下 「実は、トーキーになってから1秒に24コマになったんですよね。サイレントの時代は、16とか18とか、あと、手廻しだったので、もうちょっと遅いんですね。早く回すと逆にスピード感が出るんですね。1秒間に18コマとかで撮っていたものを、24コマにして回すと、スピード感が増すわけです」
新野 「まあビデオの早送りと同じことですね」
柳下 「折角の機会ですので、会場でご質問のある方いらっしゃいますか」
客席 「バスのシーンはオールロケなんですか。そうだとすると、歩道をバスが走ったりとか、かなり危ないシーンもありましたよね。スタントとかどうしてたのですか」
新野 「これは、オールロケで撮っています。ロイドの喜劇が最初にお見せしたドタバタ喜劇と違うのは、もちろん本人も動けるんですが、基本的にはアップの演技のところ以外はスタントマンを使っています。それでセットのバスとはまた別に、実写のバスを使ったりとか、今のアメリカ映画と同じようにカースタント専門の人に運転させたりとかして、それをうまく編集で繋げて見せています」
客席 「当時の映画はロケ撮影自体が少なかったと思うのですが、ロイドは他の映画でもそういう作り方をしているのですか」
新野 「ロイドはこの作り方が基本で、セットとロケを使い分け、それをうまく編集するという作業をしています。ついでに言うと、ロイドの緻密な構成でのコメディ、これは今日上映した『ロイドの福の神』がひとつのピークになります。これ以降は、本人がストーリーのほうを重視するようになり、ギャグのためにセットを作ったり、カメラアングルを変えたりする大掛かりなものは作らなくなっていきます。その時期には、年齢的に身体が動かなくなり、ロイド自身がボケ役、道化役を始めたことで、彼の人気は下がっていくんですね。映画会社から、年間2本という契約を1年に1本とか3年に1本とか減らされていくのです。ただ、三大喜劇王と言われているチャップリン、キートン、ロイドの中では、彼が一番コンスタントに予算内で映画を作り、稼ぎまくっていたので、大金持ちのままで一生を過ごせたということです」
柳下 「それで思い出したのですが、私は毎年イタリアのボローニャの復元映画祭に行っていまして、そこでロイドの特集があったのです。多分お孫さんだと思うのですけれども、お嬢さんもいらしてまして、ロイド家のホームムービーを上映したんです。確かに新野さんが言うように、とっても裕福な感じが伝わってきました。大きなプールがあったりして、ハリウッドのお金持ちっていう感じでしたね」
新野 「やはりあのー、大金持ちですよね。ロイドがどれだけお金持だったかと言いますと、シュワちゃんの『コマンドー』という映画で、悪者のアジトに使われた大邸宅がロイドの家なんですよね。最後のほうで、シュワちゃんと悪者の間で銃撃戦が行われた、あの場所です」
柳下 「わぁー、すごーい!でもロイドって、もうあのままなんですね。素のままで、本当ににこやかで楽しげで、歳は取っているんですけれども、まったく子供のようで、すごいいい感じにホームムービーでも写っていました。それと、このロイドの特集では、ロイドが集めていた3Dの写真をスライドにして見せたり、ロイドの代表作と言われる『要心無用(SAFETY LAST!)』の最後の15分くらいをカラーで、しかも3Dで見せるというのもありました。観ていてすごく面白かったです」
新野 「ハロルド・ロイドは映画の歴史と共に生きてきた人なのですね。アメリカ映画が誕生した時にエキストラとして映画界に入った人です。元々役者になりたかったのですが、舞台であまり成功しなかった。それでどうしようかという時に映画が誕生したので、すぐに映画のエキストラになったのです。チャップリンとキートンは、舞台で色々経験を積んだ後に、映画にスカウトされたのですが、ロイドは最初から映画でスタートしたというところが違います。そういういうこともあってか、映画やコメディアンなどへの思い入れも強く、映画の機材やフィルムなど映画関連のものをすごく集めていて、博物館を作ろうとさえしていたのですね。3Dの写真も、そうしたコレクションのひとつだと思います」
柳下 「それだけ映画が好きだったのですね」
新野 「ロイドはアカデミー賞の設立メンバーの一人でもあるんですよ」
柳下 「映画界の人にも、すごく愛されていたんですね。今日はどうもありがとうございました」
※2月~6月の第3金曜日「柳下美恵のピアノdeシネマ」がUPLINKにて開催されます
第5回は6月17日(金)19:30開場 20:00開演『日曜日の人々』(73分/ドイツ/1930年/DVD)
監督:R・シオドマク/E・G ウルマー
ゲスト:今日マチ子さん(漫画家)
詳細はこちら⇒UPLINK 柳下美恵のピアノdeシネマ