ふたりの桃源郷:トークイベント

佐々木聰監督&平松洋子さん(エッセイスト) 「柔らかいタイトルだけど凄まじい映画」
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佐々木聰監督(左)と平松洋子さん

電気も水道も通っていない山奥で仲睦まじく暮らす老夫婦。食べる分だけの季節の野菜を収穫し、湧き水を薪で沸かしてお風呂に入る。自分たちで切り開いた大切な場所で満ち足りた時間を過ごしているこの夫婦を、山口放送は25年にわたって撮り続け、放送した。このTVシリーズは大反響を呼び、ついに映画化、5/14よりポレポレ東中野(東京)にて絶賛公開されている。
公開2日目の上映後、立ち見が出るほどの盛況のなか、佐々木聰監督とエッセイストの平松洋子さんによるトークショーが行われた。「野蛮な読書」や「味なメニュー」など食文化や暮らし、文芸をテーマに執筆されている平松さん、本作は「柔らかいタイトルだけど凄まじい映画」と振り返る。


HIRAMATSU25年という歳月をかけて、田中さん夫婦と支える家族の生き方や老いを見つめた本作は、多様なテーマを含み、観る者の心に語りかけてくる。試写を観た直後の平松さんは、「数時間どうしていいかわからないほど」圧倒されたという。「声高ではなく静かで、柔らかいタイトルだけど、凄まじい映画。フラフラになりながらも土の上に立とうとする、自分の生き方に対する凄まじい執念が伝わってきました。山に触れてないと生きていけない、やっぱり山なんだ、と自分たちで確認しながら生きている。寅夫さんの『ここ(山)が原籍やな』という言葉、“戸籍”ではなく“原籍”という言葉には日本人の生き方や生活思想があって、この映画の中にもそれがあるのだと思います」。

もともとこのドキュメンタリーは、佐々木監督の先輩である藤田史博ディレクターが「老人の自立」というテーマで25年前に田中夫妻を取材したのがきっかけで生まれた。3年間の取材も番組も終わっていたが、佐々木監督は「この夫婦は元気だろうか」と疑問を抱く。山に行ってみたところ、夫婦が同じように同じことをやって生きていることに驚いたという。「80歳を過ぎているのに薪を切る瞬間のバッとエネルギーが伝わってくる感じは、テレビの仕事を10年近くやっていたけど感じたことのない凄みで、これは伝えなければいけないと思いました」。

togenkyo_subその結果、取材が再スタートし、先輩の後を継いで現在に至るまで佐々木監督がそのバトンを持ち続けている。膨大な映像資料から映画版を作るうえで、「もっと声高に作ろうと思えばできたのでは?」と平松さんは疑問を投げかける。
(監督)「ドキュメンタリーとはいえ、通常は起承転結を作ります。迷いもありましたが、この映画に関しては皆さんの中にオーバーラップがあり、それぞれ見方も違いますので、こう見て欲しいということはしてはいけないと思いました。映画用として盛ってもいけないし、テレビより音楽もナレーションも減らしました。吉岡秀隆さんにお願いするのにもっと増やせよ、という人もいましたが(笑)。見てくださる方はこの夫婦の人生に自分たちを重ね合わせ、彼らの桃源郷の先に自分たちの桃源郷を見ているのだと、番組の感想で気づかされました」。

最後に、平松さんが「読売新聞映画評」(公式パンフレットに一部転載)に寄せたコメントがとても印象的で心に残っているので、一部紹介してレポートを括りたいと思う。
「桃源郷とは天からの授かり物ではない。土地と自然に食らいついて得た祝福の場所」(一部抜粋)

ポレポレ東中野(東京)で公開中!6月11日(土)より山口県内で公開
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★『ふたりの桃源郷』公開記念イベント多数開催!

5/21(土) 12:30の回上映後 トークイベント
吉岡忍(作家) × 佐々木聰(本作監督)

5/22(日) 12:30の回上映後 トークイベント
石井彰(放送作家) × 佐々木聰(本作監督)

5/28(土) 12:30の回上映後 トークイベント
有田泰紀(日本テレビ NNNドキュメントプロデューサー)
谷原和憲(日本テレビ NNNドキュメント前チーフプロデューサー)
佐々木聰(本作監督)

5/29(日) 12:30の回上映後 トークイベント
鈴木嘉一(放送評論家・ジャーナリスト) × 佐々木聰(本作監督)

5/29(日) 16:50の回上映後 トーク イベント
水島宏明(ジャーナリスト・上智大学教授) × 佐々木聰(本作監督)


佐々木聰(ささき・あきら)監督プロフィール
昭和46年、山口県生まれ。山口放送入社後、制作ディレクター、報道記者を経て、テレビ制作部配属。情報番組を担当する傍ら、ドキュメンタリーを制作する。平成22年放送文化基金賞、文化庁平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。制作した主な番組は「奥底の悲しみ」シリーズなど。


【あらすじ】(公式サイトより)
山口県岩国市美和町の山奥で暮らす田中寅夫さん・フサコさん夫妻。二人が、電気も電話も水道も通っていないこの山で暮らすのには、ある理由がありました。山は、戦後まもなく一からやり直そうと自分たちの手で切り開いた大切な場所。高度経済成長期に大阪へ移住し、三人の子供たちを育て上げた寅夫さんとフサコさんでしたが、夫婦で還暦を過ぎた時、「残りの人生は夫婦で、あの山で過ごそう」と、思い出の山に戻り、第二の人生を生きる道を選んだのでした。
畑でとれる季節の野菜、湧き水で沸かした風呂、窯で炊くご飯…かけがえのない二人の時間に、やがて「老い」が静かに訪れます。山のふもとの老人ホームに生活の拠点を移した後も、山のことが心から離れない二人。離れて暮らす家族の葛 藤と模索。そして夫婦亡き後、残された家族に〈芽生えた〉ものとは――?そこには、現代における“幸せの形”のヒントがありました。

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