リリーのすべて

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品解説】

lili_main『英国王のスピーチ』でアカデミー賞4部門を受賞し、『レ・ミゼラブル』で世界中の観客を涙させた巨匠トム・フーパー。そして、車椅子の物理学者スティーヴン・ホーキング博士を演じた『博士と彼女のセオリー』で英米のアカデミー賞を制覇し、若手演技派スターのトップに躍り出たエディ・レッドメイン。今、最も映画ファンの注目と期待を集めるふたりが『レ・ミゼラブル』に続いてタッグを組み、誕生させたのは、今から80年以上も前に世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク人リリー・エルベの実話に基づく勇気と愛の物語。命の危険を冒してでも自分らしく生きることを望んだ主人公と、その一番の理解者であり続けた妻が織りなす魂の触れ合いのドラマを、心揺さぶる演技と演出で綴りあげた感動作。妻ゲルダを演じたアリシア・ヴィキャンデルは、第88回アカデミー賞助演女優賞を獲得した。

【ストーリー】

1926年、デンマーク。風景画家のアイナー・ヴェイナーは、肖像画家の妻ゲルダと共に公私とも充実した日々を送っていた。そんなある日、ゲルダに頼まれて女性モデルの代役を務めたことをきっかけに、アイナーは自分の内側に潜んでいた女性の存在に気づく。それ以来、“リリー”という名の女性として過ごす時間が増えていったアイナーは、心と身体が一致しない自分に困惑と苦悩を深めていく。一方のゲルダも、夫が夫でなくなっていく事態に戸惑うが、いつしかリリーこそがアイナーの本質なのだと理解するようになる。移住先のパリで問題解決の道を模索するふたり。やがてその前にひとりの婦人科医が現れる-。

【クロスレビュー】

富田優子/果てしなく美しく切ない物語度:★★★★★

『博士と彼女のセオリー』ではALS(筋委縮性側索硬化症)を発症したホーキング博士を演じたエディ・レッドメインだが、本作では自らの性に苦悩する実在の人物という、再びの難役に挑戦。自分の中に潜んでいた“リリー”の存在を確信し、解き放っていく様子は女装などではなく、まさに女性だと納得ものの繊細な演技を披露した。それにしても『博士と彼女~』でも本作でも、エディの妻役が神に試されているかのような困難に立ち向かうことになるとは…。罪な人だぜエディさんよ…と勝手に恨めしく思いつつ、本作の妻ゲルダ役アリシア・ヴィキャンデルの熱演には心震えた。自分の夫が身体は男性でも心は女性、しかも嘘偽りなく生きていきたいと告白された時の心中はいかばかりだろうか。彼女はそんな複雑な感情-怒り、戸惑い、苦悩、それらを経ての赦し、そして至高の愛の境地―を凛と演じ、涙を誘う。愛とは限りなく強く、自由には一抹の寂しさを伴うものなのか。果てしなく美しく切ない物語だが、ゲルダの毅然とした生き方に救いを感じ、爽やかな余韻を噛みしめることができる。同時に他者への理解と寛容が底流にあり、殺伐とした現代への清冽なメッセージでもある。

外山香織/ふたりの覚悟に感服度:★★★★★

妻ゲルダの絵のためにモデルをしたことがきっかけで、己の中の女という性に目覚めていくアイナー。その経緯がすごく丁寧に描かれていて、それは恋に落ちた時のように観る者をドキドキとさせる。特に、ストッキングを履く、脚を見せる行為は何度か意図的に使われているが、こんなにも女性性を彷彿とするものなのかと改めて感じる。80年も前の時代、自分の本質に立ち返ろうとしたアイナーには今よりも多くの困難が訪れただろう。それは、夫を徐々に失っていくゲルダも同様だ。けれど、ゲルダはリリーを描き続けた。一個の人間として誰かを愛し、その人の苦しみもよろこびも受け入れて共に生きようとするとき、男とか女とか、夫婦だとか友人だとかいう属性や関係性は意味をなさないのかもしれない。すべては、その人がどう生きたいかということ。その覚悟の重さ。劇中に親や親族がリアルに登場せずあくまでもふたりの物語として纏められたのも好感が持てる。


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3月18日(金)全国公開

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