【TNLF】『むかし、むかし』柳下美恵さん、吉田稔美さんトークショー
2月7日(日) TNLFの名物「再発見!北欧古典映画の魅力」では、今年も柳下美恵さんによるピアノ伴奏付きで貴重な作品が上映された。今回は、昨年に引き続き、デンマークの巨匠カール・テオドア・ドライヤー監督の作品『むかし、むかし』。これは、80年の時を経て2002年に修復された国宝級フィルムという点でも、ドライヤー監督によるお伽噺という点でも、貴重な作品である。欠損シーンも少なくなく、発掘してきた字幕やスチール写真を入れての渾身の復元作業には、デンマークの人たちの、自分たちの文化への誇りさえも感じられる。今回は、時代物ということで、柳下さんの演奏も、冒頭から古楽のメロディーが奏でられ雰囲気も抜群、お伽噺の世界がぐっと身近に感じられる、至福の時間となった。また、今回のトークショーのゲストは、イラストレーター・絵本作家の吉田稔美さん。古楽や衣裳、ルネサンス時代の踊りに詳しい吉田さんより、ひと味違った映画の魅力が語られて興味が尽きず、まさに「再発見!北欧古典映画の魅力」、言葉どおりのイベントであった。
登壇者(左から)
柳下美恵さん(サイレント映画ピアニスト)
吉田稔美さん(イラストレーター・絵本作家)
司会・雨宮真由美さん(TNLFスタッフ)
[以下、吉田、柳下、雨宮(敬称省略)]
衣裳のことがわかると、映画が違ったものに見えてくる
司会 「本日は、柳下さんにはいつもの即興とは一味違った感じでつけてもらいました」
柳下 「事前に吉田さんから話を伺っていたのですが、それによるとお姫様がロココ調、王子様が中世の衣裳になっているのですね。なので、ロココと中世がこの映画の基軸になっているので、そういった時代の曲を使うのと同時に、それっぽい曲を即興で付けてみました。吉田さんは、その時代の衣裳とかに詳しいので、今日は色々と教えていただければと思っています」
吉田 「私は映画にはそんなに詳しくないのですが、『ルネサンス踊り絵本』(架空社)という本を出しています。また、仕事が絵本作家なものですから、アンデルセンとかグリムなどのお伽話の挿絵を書くこともあります。それでむかし、むかし、と始まる場合、それが一体いつの時代なのかということを考えなくてはならなかったものですから、ルネサンスの前後、中世とバロック、ロココの衣裳などを調べていたのです。例えばグリム童話ですと、昔話を採集して、19世紀に編集されていますので、その時代の衣裳ではなくて、それよりも2~300年前、おそらくルネサンス、中世を舞台にしたものだと考えられるわけですね。この映画の場合は、作られたのが1922年ですね。それから遡ってむかしむかしと言いますと、200〜300年以上前ということになりますので、18世紀ロココ以前ということになるのですね」
司会 「お姫さまは、ちょっとマリー・アントワネットっぽいですものね」
吉田 「イリア王国は非常に豪華な装飾の調度品があり、宮廷の中の人もゴージャスな衣裳を着ていますよね。あの結いあげた盛り盛りの髪の毛、マリー・アントワネットの時代、彼女自身がこういう髪形を流行らせた張本人だったのですね。髪をどんどん盛り上げていって、上に船を乗せたりだとか、とんでもないヘアスタイルを作っていましたよね」
司会 「髪の毛を、従者が棒で支えているのが可笑しかったですね(笑)」
吉田 「当然自立できなくて、支えていたかもしれないですね、それで髪の毛の量が多いって、ちょっと突っ込みが入りましたね (笑)。どう考えても、明らかにカツラなのですけれども。その後に出てくるお姫様の髪型を見ても短いし、髪の毛の色も黒っぽいものになっていましたよね。ロココ時代は白っぽい髪の毛がお洒落ということで、自毛であってもカツラであっても白い粉、小麦粉を叩いて白くしていたのです」
司会 「よく映画とかでは、男の人も、髪の毛を盛って真っ白なカツラをしていますよね」
吉田 「ロールにして、後ろにリボンを付けて。まあモーツァルトなんかもロココですけれどもね」
柳下 「イリヤ王国に色々な国の求婚者がやってくるのですが、その衣裳もバラエティに富んでいますよね」
吉田 「最初はターバンを巻いているので、インドかアラビアから来たお金持ですね。次に来た人はちょっと気どり屋さんっぽいので、縛り首になっちゃいましたけれど(笑)、衣裳は16世紀ルネサンスなのに、靴はロココ調なんですね。その辺が錯綜していましたね」
柳下 「彼自身が、錯綜したキャラクターだからなのかもしれないですね」
吉田 「そうですね。狙っているのかもしれないですね。ちょっとユーモラスなところがありますものね。その後、デンマーク王子がやってきますと、シンプルで直線的なラインの、おそらく12世紀から14世紀くらいの中世の衣裳になりますね。これはおそらくデンマークの美徳と言いますか、デンマークの正直さとか格調の高さとかを表しているのかと思います。それと、これは私の勝手な推測なんですけれども、この映画が作られた1922年はアール・デコの時代で、最先端のファッションは、直線的なラインだったので、それとも、ちょっと似ている感じがしました」
柳下 「時代物と言っても、その時代の流行が取り入れられたりするものなのですね。確かにその頃、映画でも中世物がすごく流行っていましたね。元々この作品は、デンマークでものすごく当たったお芝居を映画化していて、最後に使った結婚式の音楽は、お芝居に使われていたものなのですよ。有名な国民的名曲らしいです」
吉田 「当時、デンマーク生まれですごく人気のあった挿絵画家で、カイ・ニールセンっていう画家がいるのです。『太陽の東 月の西』『おしろいとスカート』っていう作品が有名です。特に『おしろいとスカート』というのが1915年に発行されているのですけれども、衣裳がロココなのですね。それも当時流行っていたアール・ヌーヴォーと結びついた、非常に軽快で装飾的な絵になっているんです。カール・ドライヤーは、当然デンマークらしさを映画で出したいということもあったと思うのです。もしかしたら、彼もカイ・ニールセンを見ていて、ロココをイケてる、非常に美しいと思っていたフシがあるように思います。逆にルネサンスやバロックはちょっと野暮ったく感じる時代だったのか、ちょっと中飛びして王子さまは中世だったのかなっていう、絵本的な考察もしております」
司会 「ファッションっていうのは、価値観を表しているものなのですね。そう考えると、この映画の中で、なぜロココ調と中世風な衣裳が使われているのかっていうと、お姫様は、ファッションだけでなくて、言動もちょっとマリー・アントワネットを思わせるようなイメージでということで、反対にデンマークは質実剛健でといったイメージの対比で使われたのかもしれないですね。ところで、この作品は欠落している部分も多いのですけれども、ダンスの場面は、そこを研究している吉田さんはどうご覧になりましたか」
吉田 「多分、結婚式の後でダンスパーティーがあったと思われるんですよね。当時のダンスは、現代の私たちが考えるものとは、イメージが違います。シンデレラの舞踏会とかは、絵本でもよくワルツを踊っているのが描かれていたりするんですけれども、それは19世紀のダンスなので違うんですよね。この作品の設定では、踊られていたのは、多分12世紀から14世紀の踊りだと考えられます。ただ、そのあたりの資料、舞踊譜は本当に残っていないんです。一番古いもので15世紀くらいのがあるんですけれども、柳下さんには、それを参考にして弾いていただきました。弾かれていた舞曲は、15世紀のバスダンスですね」
柳下 「吉田さん、実は踊れるんですよね。ステップをやってみてください」
(ここで、柳下さんの伴奏で、吉田さんにより当時のダンスのさわりの部分が演じられ、会場から大きな拍手が起きる)
司会 「吉田さんは、何がきっかけでダンスの研究をされるようになったのですか」
吉田 「単に私は、研究された方たちの恩恵を受けている愛好者というだけなんですけれども…。ルネサンス音楽、古典舞踊の最初の研究者の一人だった原田宿命(さだめ)さんっていう方がいらして、1970年代はじめ頃から、芦屋とフランスを行き来されていたんです。私が兵庫県出身で、たまたま友達がそのアンサンブルにいたので、紹介してもらったのです。『ルネサンス踊り絵本』の文章も実はこの先生です。今ここにあるのは、原田さんが書かれた『フランス・ルネサンス舞踊紀行』っていう本なんですけれども、この本の最初のほうに15世紀の踊りのことが出ています。ここに舞踊譜って言いまして、音符だけでなく、踊りのステップが書かれているんです。ステップというのは記号で書かれていまして、例えばRって書かれているのが、挨拶、お辞儀ですね。sって書いてあるのが、シングル・ステップ、dがダブルステップ、そんな風になっています」
司会 「私は、事前にこういった話をお聞きしていたので、実はソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』とか、英国映画の『オルランド』といった映画を観返してみたのです。そうしたら今までと全然違って映画が見えて、とても楽しかったですよ。会場の皆様もぜひ」
吉田 「『オルランド』は丁度エリザベス女王の時代の16世紀の踊りがそのまま再現されていますよね」