【TNLF】白夜の時を越えて

翻弄されて、傷つけられて

白夜の時を越えて「神聖なるものと邪悪なるもの三部作」と呼ばれるドキュメンタリーを完成させたピルヨ・ホンカサロ監督が、10年ぶりにフィクションの世界に戻って来たのが本作である。過去の記憶と、現代の場面が交叉し、どこか夢でも見ているかような演出が魅力的である。現代の場面がモノクロ、過去が鮮やかなカラーになっているのは、通常の演出とは逆ではあるが、それはヘレナの精神世界に寄り添ったゆえである。

この一家の物語には、歴史が深く関っている。具体的な年号が字幕で示されるので、余計にそのことを強く感じさせられる。まず、双子の母親シルッカがよく歌う歌「カルキサミ市場」は、39年ソ連と闘った冬戦争直前に流行っていた愛の歌と説明されていることから、おそらく双子の父親とシルッカが一番幸せだった時期のものだったと想像できよう。双子の父親は軍人で、恐らくソ連と闘い戦死。その寂しさからシルッカは、新たな同盟によって国内に入って来たドイツ兵と親しくなったのだろう。ここまでが、映画が直接描いていない、すなわちヘレナの回想が始まる前の物語。しかし、44年には、ソ連との継続戦争が敗北に終わり、同盟国ドイツが撤退すると、彼女は子供たちを捨ててドイツ兵とどこかへ行ってしまう。一方シルッカの母親は、ロシア革命の副産物として果たされたフィンランドの独立を知っている世代。それゆえに、レーニンに思い入れのある彼女は、双子の姉妹をイリイチ、レーニンと呼んでいる。もちろんドイツになびいた娘への反発の意味も込めて。そんな彼女が53年スターリンの死を追うように死んでいくのが、旧世代の退場という意味で、象徴的である。

54年シルッカは、今度はスペイン人と付き合っている。この時代、フランコの独裁政権によって、人民戦線派は徹底的に弾圧される。共産主義を恐れたヨーロッパ諸国が助けを求める彼らを黙殺したことから、彼がソ連と国交のあった、フィンランドへと逃げてきたことが容易に想像できる。しかし56年ハンガリーで公演をしていたサーカス団だったが、ここでハンガリー動乱が起きる。ソ連軍の軍事介入によって国は混乱し、スペイン人は逃げ出していく。

各地を放浪していく母娘の次の場面は、少し飛んで61年になる。これもフィンランドにとっては、忘れ得ない年なのである。ソ連が,フィンランドの大統領選挙に間接介入するという事件、いわゆる「覚書危機」の年。結局、有力視されていた大統領候補が立候補を辞退したことによりその危機は回避したが、以後対ソ批判がタブー化していくことになる。また、この年はベルリンの壁が築かれた年ということも忘れてはならないであろう。

その時代、時代に男を変えていく母親シルッカ。そのことがより、この一家と歴史とを結びつけている。母親に翻弄させられることは、イコール歴史に翻弄されることであり、それゆえにこの物語は、単なる母と娘の愛憎劇に留まることはない。フィンランドの人たちは、52年のヘルシンキオリンピックによっても、ソ連との戦争の傷を癒すことができず、むしろ逆に深く取り込まれていった。過去に囚われそこから脱け出せなかったフィンランドとその過去を回想し清算しようとあがくヘレナの姿は、そういう意味では、どこかでフィンランドという国自体あとが通じ合っているようにも見える。かつてヘレナが、火噴きのパフォーマンスをし、一家を支えていた時代、薬をつければ火傷しないはずだった腕が、彼女の心の内と呼応するかのように少しずつ蝕まれ、やがて傷跡になっていくという描写。その傷跡に、親子間の愛と憎しみの感情とは、かくもじわじわと身体にしみついていくものなのかということを思い知らされると同時に、そこに歴史そのものも刻まれているかのようである。


▼トーキョーノーザンライツフェスティバル 2016▼
Key Visual「北欧映画の一週間」
会期: 2016年2月6日(土)~2月12日(金) ※音楽イベントは別途開催
会場: ユーロスペース他
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト: http://www.tnlf.jp/index.html
(他にもイベントが盛り沢山。詳しくはこちらで)

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