トーキョーノーザンライツフェスティバル2016独断と偏見の映画祭ガイド

北欧映画の1週間

Key Visual毎年映画祭の顔となっている田中千智さんのポスターが、素敵だ。フワフワの毛糸の帽子をかぶり、お揃いの、これまたフワフワの襟つきのコートを着た親子が雪道を歩いている。真っ白な雪に顔が白く輝く2人は、まるでスクリーンを見つめる観客のよう。好奇心でいっぱいの目を大きく見開いている。彼女たちの背後には、暗くて深い森。そこには、未知の動物が潜み、あるいは、秘密の石切り場や山小屋が存在しているかもしれない。北欧映画の世界は、そんな深い森、私たちの日常や、心の奥を照らし出す。今年も恒例の北欧映画の季節がやってきた。
2016年2月6日(土)から2月12日(金)まで、トーキョーノーザンライツフェスティバル2016では、JAPAN PREMERE8本を含む15作品が渋谷のユーロスペースにて上映される。JAPAN PREMERE以外の作品も劇場未公開作がほとんどなので、未知なる北欧映画の世界を堪能するのに、またとない機会となることだろう。

フィンランド

ビルヨ・ホンカサロ監督特集

白夜の時を越えてビルヨ・ホンカサロ監督は、フィンランドのフィルムスクールと、アメリカのテンプル大学で撮影技法を学び、そのキャリアを雑誌社のカメラマンからスタートした。同じような経歴で映画監督へと進んだ人には、スタンリー・キューブリックがいる。2人に共通するのは、映像に凝るだけでなく、リアリズムの精神も併せ持っているところである。ジャーナリスト出身ということもあるからだろう。彼女の処女作はドキュメンタリーであり、その後もそちらのほうの製作の割合が高い。しかし、彼女の劇映画を観てみると、映像の美しさだけではなく、美術にも大変凝っており、ノンフィクションの作家というイメージはない。『白夜の時を超えて』のサーカスの舞台装置は、元々が魅惑的な世界であるから当然ではあるが、『コンクリート・ナイト』においては、何という事もない殺風景な街までもが、まるで舞台美術のような美を奏でている。それは、彼女がオペラや演劇の舞台デサイナーの仕事を沢山手がけているからなのであろう。ジャーナリスト的な視点と、舞台芸術的な美術、この両方を併せ持つという点では、かつてのネオレアリズモから出発した作家たちを彷彿させられるところもあり、その作品世界の豊かさに、魅了させられる。今回はドキュメンタリーが1本、フィクションの代表作の2本が上映される。

☆『“糸”~道を求める者の日記~』


監督:ピルヨ・ホンカサロ(2008年 /フィンランド、日本/111min)
僧侶が経営するバーが人気を博している。四谷にある坊主バー。一見すると相容れないイメージの僧侶とバー。しかしお寺は、元来お葬式だけでなく、地域のコミュニティの役割をしていた。悩みごとに答えたり、お年寄りの安否を気遣ったり、カルチャーセンターになったり。このバーにも悩みを抱えた人がよくやって来る。そう考えると、あながちあり得ないことでもないのである。フィクションでも、人の精神世界を映像化することに腐心するビルヨ・ホンカサロ監督が、遠く離れた日本の、この場所に目をつけたことがとても興味深い。

☆『コンクリート・ナイト』

監督:ピルヨ・ホンカサロ(2013年 /フィンランド、スウェーデン、デンマーク/96min)

☆『白夜の時を超えて』

監督:ピルヨ・ホンカサロ(1998年 /フィンランド/105min)

スウェーデン

ウイーアーザベスト

☆『ウイー・アー・ザ・ベスト!』

監督:ルーカス・ムーディソン(2013年 /スウェーデン/102min)
提供:ロングライド
トーキョーノーザンライツフェスティバルと言えば、ルーカス・ムーディソン監督。思春期の少女の複雑な胸の内を弾けるタッチで描いた、彼の原点回帰とも言える作品である。原作はルーカス・ムーディソン監督の奥さまココ・ムーディソンの自伝的グラフィックノベル。ヘドヴィクの妹役にムーディソン夫妻の娘。TIFF 2013東京サクラグランプリ受賞作。TIFFでの上映を見逃した方は、今度こそぜひ。

☆『ソング・フォー・イェテボリ』

監督:モンス・モーリンド、ビョルン・ステイン(2013年/ スウェーデン/109min)
イェテボリ出身の人気ポップ・アーティスト、ホーカン・ヘルストレムの音楽と詩を元に作られた、音楽ドラマ。フェスケショルカ(魚の教会)、海神ポセイドン像の噴水、トラム(路面電車)、イェータ川の岸辺の風景。街が主役、街が育てた若者が主役、音楽が主役の、イェテボリ版『ONCE ダブリンの街角で』とでも言うべき作品。主演に『ビッチハグ』のアダム・ラングレン。彼の歌もお聴きのがしなく。



特集ベルイマンへの旅

グッバイベルイマンこのところ、またイングマール・ベルイマン監督への熱が高まっている。2013年には『リヴ&イングマール ある愛の風景』が公開され、昨年のスウェーデン映画祭でもベルイマン特集が組まれ、『ファニーとアレクサンドル』のそのメイキング・ドキュメンタリー『ベルイマンの世界』が久しぶりにスクリーンに掛けられ、話題を呼んだ。今回は、日本初公開となるドキュメンタリー『グッバイ!ベルイマン』と『不良少女モニカ』が上映される。
『グッバイ!ベルイマン』は、ウディ・アレン、コッポラ、スコセッシなど有名監督や俳優らが、ベルイマンへの想いを語る貴重な作品。『不良少女モニカ』はフランソワ・トリュフォー監督『映画に愛をこめて アメリカの夜』において、監督の夢の中のシーンに出てくるポスターが、この作品だったことからも明らかなように、彼を初めとするヌーヴェルヴァーグの作家たちに大きな影響を与えた、伝説の作品である。

☆『グッバイ!ベルイマン』

監督:ヤーネ・マグヌッソン、ヒネク・パラス(2013年/ スウェーデン/107min)

☆『不良少女モニカ』

監督:イングマール・ベルイマン(1953年/ スウェーデン/96min)

デンマーク

メンアンドチキン

Mænd og høns (Anders Thomas Jensen, DK, 2015)

☆『メン&チキン』

監督:アナス・トマス・イェンセン(2015年 /デンマーク/100min)
アナス・トマス・イェンセン監督と聞いてピンと来ない人でも、『ミフネ』、『キング・イズ・アライヴ』などのドグマ作品、『しあわせな孤独』『未来を生きる君たちへ』などスサンネ・ビア監督作品、『真夜中のゆりかご』『悪党に粛清を』の脚本家と言えば、すごい人とわかってもらえることだろう。いまや北欧を代表する脚本家である。映画監督としても4本の長編映画を手掛けていて、その評価も高い。主演は、ご存知マッツ・ミケルセン!

☆『サイレント・ハート』

監督:ビレ・アウグスト(2014年/ デンマーク/98min)
『ペレ』『愛の風景』で、2度のカンヌ映画祭パルムドールに輝いた、ビレ・アウグスト監督の最新作。現在では、国際的に活躍する監督が、久しぶりに母国デンマークで撮った作品である。出演は、『ボス・オブ・イット・オール』のイェンス・アルビヌシュ、『ハムスン』のギタ・ナービュ、『シージャック』のピルー・アスベックなど。ALSを発症し、安楽死の道を選んだ母の元に集まった、夫と、娘たち。家族の葛藤と確執を描いたシリアスな作品。

☆『愛する人へ』

監督:ペアネレ・フェシャー・クリスチャンセン(2014年 /デンマーク/100min)
『マリア・ラーション 永遠の瞬間』『ホビット 竜に奪われた王国』『未来を生きる君たちへ』の他、『悪党に粛清を』では、マッツ・ミケルセンの兄ピーターなどさまざまな役をこなし、世界的に活躍するミカエル・パーシュブラントが、娘とうまくいかず、人を不幸にするばかりの孤独なミュージシャンの役に挑戦。横暴に見える男の、繊細で壊れやすい心の内を見事に表現している。情がこもった、彼の渋い歌声にも魅了させられる。

ノルウェー

ビートルズ

☆『ビートルズ』

監督:ペーテル・フリント(2014年 /ノルウェー/110min)
2008年にフランス政府から芸術文化勲章を受勲しているノルウェーの作家、ラーシュ・ソービエ・クリステンセン(映画『孤島の王』の原案者)のベストセラー小説「Beatles」の映画化作品。彼は、ノルウェー人とデンマーク人のハーフで、デンマークの市民権を得ている。主人公キムもまた、デンマークに祖をもつことから、彼はクリステンセンの分身とも言えるだろう。劇中には、ザ・ビートルズの音楽が流れる他、彼らのアイテム (キムの机の上にあるリンゴや、4人が渡る横断歩道など)が埋め込まれているので、それらを探すのも一興かもしれない。a-haのマグネ・フルホルメンが、ザ・ビートルズの曲にオマージュを捧げたスコアと音楽監督を手がけていて、とても素敵だ。

☆『ヴィクトリア』

監督:トールン・リアン(2013年 /ノルウェー/105min)
ノルウェーのノーベル賞作家、クヌート・ハムスンの純愛文学の映画化作品。貧しい粉屋の子供ヨハンネスは、村一番のお屋敷のお嬢様ヴィクトリアに憧れている。一方彼女も、そのことがまんざらでもなく、2人は密かに森で会っている。大人になったヨハンネスは彼女への思いを詩や小説に著わし、有名になる。二人は次第に思いを募らせるのだが、そこには大きな溝が横たわっており、会えば、磁石のN極どうしのように反発しあうばかりだった…。貧しい農家に生まれ、独学で小説家になったハムスンとヨハンネスの姿がどこかで重なってくるのが興味深い一編。クヌート・ハムスンの激動の後半生については『ハムスン』が2014年のTNLFで上映されている。

☆『Maiko ふたたびの白鳥』

監督:オセ・スベンハイム・ドリブネス(2015年 /ノルウェー/70min)
提供:ミモザフィルムズ
※西野麻衣子のインタビュー映像上映付き
2015年『バレエ・ボーイズ』、そして2016年『Makiko ふたたびの白鳥』。今年は、シルヴィ・ギエムの“ボレロ”のカウントダウンで年越しした方もきっと多いことだろう。バレエ・ブームはまだまだ続いております。本作は、15歳で日本を離れ、ノルウェー国立バレエ団のプリンシパルとなった西野麻衣子さんが、妊娠、出産、産休を経て、再び“白鳥の湖”の主役に挑戦するまでを追ったドキュメンタリー。すべての働く女性が勇気づけられであろう作品である。

アイスランド

好きにならずにいられない

☆『好きにならずにいられない』

監督:ダーグル・カウリ(2015年 /アイスランド/93min)
提供:マジックアワー
※主演グンナル・ヨンソンのインタビュー映像上映付き
TNLF2013で特集を組んだダーグル・カウリ監督の待望の新作。長編デビュー作『氷の国のノイ』(03)で、いきなりアイスランドアカデミー賞(エッダ賞)を受賞、各国の映画祭で高い評価を得たダーグル・カウリ監督は、続いてデンマークで撮った『ダーク・ホース』(05)でも同賞を受賞、08年にはポール・ダノやブライアン・コックスを招いての英語作品『The Good Heart』(08)にも挑戦と、寡作ながらも着実にキャリアを築いてきた。そして、新作『好きにならずにいられない』(15)は、久しぶりにアイスランドで撮影、本作もトライベッカ映画祭ほかで7つの賞を受賞するなど、2015年の各国映画祭で、再び高い評価を得ている。主役のフシには、監督が15年前に見たテレビ番組で一目ぼれしたという、グンナル・ヨンソン。本作は、監督が彼のために特別に用意したものだという。その期待に応えたグンナル・ヨンソンは、本作でトライベッカ映画祭主演男優賞を受賞した。アイスランドの閉ざされた空間が舞台という点で、『氷の国のノイ』との共通点はあるが、グンナル・ヨンソンの個性が、両作をまるで異なったものにしている。不器用で冴えない主人公を見つめる監督の視点が、とても暖かい。

再発見!北欧古典映画の魅力

むかしむかし

☆『むかし、むかし』

監督:カール・Th・ドライヤー(1922年 /デンマーク/78min)
同じ、ノルディスク社から映画監督としてスタートした、ベンヤミン・クリステンセンとカール・Th・ドライヤー。クリステンセンに遅れてドライヤーが入った頃、ノルディスク社はすでに傾き始めていた。そのため2本製作した後、ドライヤーは、ドイツとデンマークを行き来して映画を作らざるを得なくなったのである。ドライヤーの作品といえば、ドイツ時代のものが有名であるが、本作はまだ、彼が母国で映画製作することを探っていた時代のものである。またその内容も、デンマーク王家を舞台にしたおとぎ話であり、彼の原点を知るうえで、貴重なものである。今回は、2002年に修復された国宝級フィルムの復元版を、“TNLF名物!柳下美恵さん”のピアノ演奏で観られる、またとない機会となっているので、お見逃しなく。

「北欧映画の一週間」

トーキョーノーザンライツフェスティバル 2016
会期: 2016年2月6日(土)~2月12日(金) ※音楽イベントは別途開催
会場: ユーロスペース他
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト: http://www.tnlf.jp/index.html
(他にもイベントが沢山。詳しくはこちらで)
※前売り券はe+(イープラス)のWEBサイトにて販売中。前売り券は作品、日時指定でご購入いただけます。
※前売り券販売期間:2015年12月29日(火)11:00 ~ 2016年2月5日(金)18:00まで

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