『ローマに消えた男』トニ・セルヴィッロさん インタビュー
イタリア映画祭2014で上映された「自由に乾杯」が邦題を改め、この週末14日から劇場公開される。突然姿を消した“大物政治家”と、その穴を埋めるために“替え玉”となって現れた双子の弟が繰り広げるミステリアスなヒューマンドラマだ。二人の不思議な関係性と先が読めない展開に惹きつけられ、最後は詩的とも言える結末に酔いしれる。「ゴモラ」や「グレート・ビューティー/追憶のローマ」など、近年話題を集めているイタリア映画に相次いで出演し、圧倒的な存在感をみせるトニ・セルヴィッロが一人二役に挑戦。人間が持つ多面性を軽妙に、大胆に演じ分ける怪演から目が離せない。舞台や次回作の準備のため来日は叶わなかったが、電話でのインタビューに快く応じてくれた。
ーー“消えた大物政治家”とその“替え玉”を演じる双子の弟、という複雑な一人二役に挑戦されていますが、いかがでしたか?
トニ・セルヴィッロ(以下、トニ): 私は舞台役者としての経験が長いのですが、これまで一人二役を演じる機会には恵まれず、今回初めて演じることができました。脚本を読んでから、人物を掘り下げるために原作小説の「空席の王座」を読んだのですが、ジキルとハイドのように場合によってはそれが一人に見えたり、互いに影響し合って混乱したり、最終的にはどちらか判らなくなるような曖昧なところが出てくるわけです。色んなニュアンスを演じ分けることができて、とても面白かったです。
ーー監督はあなたのことを「クリエイター俳優」と言っていますが、例えばセリフや演出など、どのぐらい一緒に創り上げていったのでしょうか?
トニ: 脚本や演出に関しては実際には関っていないのですが、人物を創る過程において、監督と色々ディスカッションしました。そういう意味で、監督はそのように言ったのではないでしょうか。
ーー過去作の「イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男」や「グレート・ビューティー/追憶のローマ」でも感じたのですが、あなたは歩く演技がとても印象的でさまざまな表情や特徴を持っていると思います。実際に他の俳優に比べても歩くシーンが多いように思うのですが、ご自身ではどう思われますか?
トニ: その観察はとても正しいと思います。歩き方や姿勢に、その人物の細かい性格が現れているわけです。本作では特にそれが必要で、二人の人物を同じ役者が演じるわけですから、ハッキリとそれを際立たせることが必要でした。それを演じ分ける面白さ、というのもこの映画に出演する動機になりました。
ーーイタリア映画では本作の政治家だけでなく、法王が逃げ出すという映画(『ローマ法王の休日』)もあり、大物と言われる人にかかるプレッシャーは相当なものだと思いますが、監督曰く、セルヴィッロさんも相当過酷な仕事をされているとのことでした。これまで仕事から逃げ出したいと思ったことはありますか?
トニ: いいえ、それはないです(笑)。自分のような役者の責任というものは、法王だとか、大物政治家のそれとは全く違うし、比べものにならないので。
ーー共演者について、アンドレアを演じたヴァレリオ・マスタンドレアや、ヴァレリア・ブルーノ・テデスキとの共演はいかがでしたか?
トニ: 彼らと共演するのは初めてだったのですが、マスタンドレアは彼の世代、40代ぐらいの役者で一番重要な役者だと思いますし、色んなことができる器用な役者で、とても大きな人間性を持っています。細かなニュアンスを表現できるのですが、観客はマスタンドレアの演技を通じて、何が描かれようとしているのか、彼の表情だとか動きを見て感じることができるんです。ヴァレリアは演出家でもありますし、クリエイティブな人間なので一緒に仕事をするのは楽しかったです。
ーーブレヒトの詩の演説シーンは思わず息を呑んでしまうほどの迫力がありました。どのような気持ちをこめてこの詩を朗読されたのでしょうか?
トニ: この詩はこの映画においてとても深い意味をもっています。多くのメッセージを含んでいて魅力的だと思いますが、あの政治家がその場で思いついた言葉のように、人々と政治を繋げるために思いついた言葉のようにも見えるんです。それがテレビやデジタルの媒体ではなくて、演劇の舞台にも似た政治集会で行われたという意味でも重要な場面だと思います。
ーーラストシーンのあなたの表情は、 多くの観客の心に残って離れないでしょう。この作品が持つミステリアスな魅力を教えてください
トニ: あの結末はとても詩的な曖昧さを持っていると思います。というのは、あの場面で、もしかしたら双子というのは実は分裂した一人の人間で、言葉を見つけたことによって自分の中に新しい生命力を得たと捉えることもできるからです。
ーー政治の世界が舞台になっていますが、この映画が発するメッセージはどの仕事にも当てはまるのではないでしょうか?
トニ: どんな仕事であっても一番重要なのは、適職に就くことだと思うんです。この映画では、双子の兄弟のキャラクターの違いを描いてますが、最終的には人と職業が一致していることの重要性を訴えていると思います。
11月14日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー!
取材後記: イタリアの至宝と言われ、舞台に映画に引っ張りだこのトニ・セルヴィッロさん。多忙のためご本人の来日は叶わなかったが、「日本大好き!」という18歳のご子息が今夏、代わりに来日し観光を楽しんだという。大物政治家など一癖ある役が多いが、ご本人はどんな質問にも丁寧に答えてくれる気さくな方で、インタビューの最後には「ありがとう」と日本語で挨拶してくれるなど電話口からも温かい雰囲気が伝わってきた。いつかご本人にもぜひ来日してほしい。
1959年、イタリア・ナポリ出身。1977年前衛芸術劇団テアトロ・ステュディオ・ディ・カゼルタの共同設立者となる。長らく舞台で活躍していたため1992年がスクリーンデビュー。2008年マッテオ・ガローネ監督の『ゴモラ』とパオロ・ソレンティーノ監督の『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』が第61回カンヌ国際映画祭にてそれぞれグランプリ、審査員賞を受賞し、彼は両作品における演技によりヨーロッパ映画賞最優秀男優賞を受賞している。2013年には『グレート・ビューティー/追憶のローマ』で2度目の同賞を受賞している。正に現代イタリア映画を代表する名優である。他、主な出演作は『愛の果てへの旅』(未)(2004)/『湖のほとりで』(2007)/『海の上のバルコニー』(2010)/『眠れる美女』(2012)
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