【TIFF】シム氏の大変な私生活(ワールド・フォーカス)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品解説】

冴えない中年男のフランソワ・シム。いつも「SIMカードと一緒」と名乗るが、ウケない。妻は出て行き、職も失い、何も上手くいかない。女性になりすましてネットのチャットで元妻に近づき、本音を探ろうとする情けなさ。ようやく歯ブラシの営業職にありつき、セールスの旅に出る。道中、若い女性に出会い、夕食に招待される。はたしてシム氏の人生は好転するだろうか? 政治コメディの傑作『戦争より愛のカンケイ』(10)が仏セザール賞の脚本賞を受賞して高い評価を得た、M・ルクレール監督の新作。シム氏の冴えない生活は爆笑必至だが、その孤独は今を生きる現代人全員が共有できるものである。故郷を訪れる出張の旅が、少年時代を振り返る心の旅と重なっていく展開が巧みであり、やがて人生と新たに向き合って行く様が深い感動を誘う。伏線の効いた脚本の抜群の上手さと、見事な役者たちに喝采を贈りたくなる新たな傑作コメディドラマの誕生である。(TIFF公式サイトより)

【クロスレビュー】

藤澤貞彦/シム氏の困ったおじさん度:★★★★☆

人には、自分自身も知らない物語がある。夫としての自分。息子としての自分。会社によって書かれたシナリオによって、一定の期待を背負った自分。家族が書いた自分の物語に違和感を持ったり、見ず知らずの他人が書いた物語に、逆に自分の物語を見て驚いたり。思い描いていた自分と、自身の本当の姿との乖離に、人はしばしばとまどう。「私の名前はシムです。SIMカードのシムと覚えておいて下さい」そんなおやじギャグも、SIMカードが、機種を換えても、同じ電話番号、自身のIDを維持するための装置と考えれば、ちょっと意味深である。自分の根っこは、変わりようがない。それでも人は時に、自分自身に嘘をついて、かりそめの姿で人生を生きる。そんな迷える中年の放浪記。カーナビから外れてしばしば脇道にそれるシム氏のように、どこかポイントを外したかのような軽妙な笑いが、そのテーマの重さを心地よく包み込んでいる。

富田優子/(主役じゃないけれど)マチュー・アマルリックの魅力にトキめき度:★★★★☆

離婚に失業、しかもハゲでなおかつウザいシムさんが心の穴を埋めるかのように、エマニュエルと名付けたカーナビ(の女性?)に話しかける姿は滑稽だが、でもそれは普段自分が何気にテレビに話しかけているのと同じなのかもしれない・・・と思うと、何ともリアルだ。中年の孤独感は万国共通なのか、妙なシンパシーをシムさんに感じてしまう。だから絶望のどん底に落とされたシムさんが、思いがけないきっかけから這い上がる展開に思わず安堵。ミドルエイジ・クライシスをネタにしたコメディかと思いきや、人との出会いの不思議さに思いを馳せたくなる作品だ。シムさんを演じたジャン=ピエール・バクリは中年の悲哀を滲ませての好演だが、シムさんの運命を左右することとなるサミュエル役マチュー・アマルリックの相変わらずの魅力に胸がキュンキュンと高鳴ってしまった。


101分 フランス語 カラー | 2015年 フランス |


【第28回東京国際映画祭】
開催期間:2015年10月22日(木)〜10月31日(土)
会場:TOHOシネマズ六本木ヒルズ、新宿バルト9、新宿ピカデリー、TOHOシネマズ新宿、東京国立近代美術館フィルムセンター、歌舞伎座
公式サイト: http://2015.tiff-jp.net/ja/

 

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