【TIFF】ボーン・トゥ・ビー・ブルー(コンペティション)

「ブルーに生まれついて」という邦題で劇場公開。映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品解説】

名ジャズ・トランペット奏者として一世を風靡した、チェット・ベイカーの苦闘の時代を描くドラマ。ドラッグに依存し、暴行されて歯を失い、どん底に落ちたチェットが再生を目指す姿を、イーサン・ホークが見事に再現する。シャープな映像とクールな音楽が抜群の官能をもたらす1本。

ロバート・バドロー監督は、かつてチェット・ベイカーの謎の死を巡る短編を作っており(その作品でチェットを演じたステフン・マクハティは、今回チェットの父親役で出演)、チェットに対する監督の心酔のほどが伺える。本作はチェットのどん底時代からの回復期に焦点を当てるが、イーサン・ホークという稀有な才能を得て、破滅的でありながら繊細な美しさを持つ天才ミュージシャンの実像を見事に再現することに成功している。激動の60年代において、黒人優位のジャズミュージシャンの世界における白人スターという地位の複雑さも描かれ、映画に奥行を与えている。チェットの恋人を演じるのは『グローリー/明日への行進』(14)で高い評価を得たカルメン・イジョゴ。(TIFF公式サイトより)

【クロスレビュー】

北青山こまり/しばらくチェット・ベイカーしか聴きたくなくなる度:★★★★★

掠れた細い歌声と、独特な拙さをはらんだトランペットの音色。彼の音楽がもつ不安定なゆらぎこそが、チェット・ベイカーその人の魅力であり、弱さでもあったのだろう。大怪我のせいで音らしい音すら出せなくなり、ペットを構えたまま血だらけで泣き出すバスルームでの背中。オクラホマの広大な畑を背景にひたすら吹き続けるシルエット。ドラッグを断てず失敗を繰り返しながら、ただ「演奏したい」という純粋な欲求しか持たないミュージシャンのピュアな佇まいを、イーサン・ホークがみごとに再現した。声色、眉間から額にかけての皺もチェット本人にそっくりだけど、なにより、子犬のような目もとの哀しいこと。ラストの再起をかけたライブハウスの場面、彼がこの一曲のあいだに手に入れるものと失うもの、どちらもあまりに大きすぎる。エンドロールが始まるまで、息をするのも忘れて見入ってしまった。

鈴木こより/イーサン・ホークの甘美な歌声にウットリ度:★★★★☆

「いくら才能やパフォーマンスに魅了されてもドラッグ依存のその人自身に惹かれることはない」と思っていたが…チェット・ベイカーの彼にしか表現できない甘美な世界にウットリ。イーサン・ホークの繊細な演技と、そこにあった空気を掬いとるような細やかな演出が、チャーミングでクセのあるキャラクターとそのパフォーマンスを再現している。とくに音楽家として再起をかけた運命のラストシーンは圧巻で、手に汗握ってドキドキしながら見入ってしまった。
チェットと彼の苦悩の時代を支えた恋人とのラブストーリーが軸になっているが、当時のアメリカジャズにおける東海外vs 西海外、白人vs 黒人の対立も背景にあって見応えあり。「女と金のために演奏するヤツは信じない」というマイルス・デイビスの言葉が強烈で後になってジワジワくる。

藤澤貞彦/イーサン・ホークのチェット・ベイカー(素敵な劣化)度:★★★★☆

「あなた意外にスクエアなのね」その一言で、チェット・ベイカーは、ドラッグに手を染める。ヒップに対するスクエア。ジャズマンにとって、女性からスクエアなんて言われてしまうことは、屈辱的とも言える。彼の父親はミュージシャンへの道は挫折したものの、平凡な幸せを手に入れた。いわばスクエアな生き方。その父への反発と愛情、オクラホマの田舎町での寂しい少年時代が、彼を形作った。父から貰ったマウスピース、それは彼の人生の始まりであり、終わりでもある。負けず嫌い、それが彼を一流に押し上げ、また潰した。このように、この作品は、再起の過程そのもの以上に、彼の内面を掘り下げようとしている。たるんだ身体、欠けた歯、深く刻まれた皺。それに対して臆病な少年のような目が印象的だ。怖れと悲しみがそこに湛えられている。それこそ、彼の人生。そのすべてが彼の音楽となる。いわば、彼の魂そのものがジャズなのだ。


© 2015 BTB Blue Productions Ltd / BTBB Productions SPV Limited
97分 英語 カラー | 2015年 アメリカ=カナダ=イギリス |


【第28回東京国際映画祭】
開催期間:2015年10月22日(木)〜10月31日(土)
会場:TOHOシネマズ六本木ヒルズ、新宿バルト9、新宿ピカデリー、TOHOシネマズ新宿、東京国立近代美術館フィルムセンター、歌舞伎座
公式サイト: http://2015.tiff-jp.net/ja/

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