『きみはいい子』呉美保監督インタビュー

リアルな現実描写の中に、“一歩”踏み出す希望の光

呉美保監督 昨年、『そこのみにて光輝く』がモントリオール世界映画祭最優秀監督賞をはじめ数多くの監督賞を受賞し、高い評価を獲得した呉美保(お・みぽ)監督。最新作『きみはいい子』が先週末27日から公開中だ。中脇初枝による短編5本を収めた同名原作をもとに、親から虐待された過去を持ち、自分も娘に手をあげてしまう母親、学級崩壊の問題に直面する若い教師、認知症の症状が出始めた女性などのエピソードを描く。現代社会が抱える問題を扱いながらも、希望と優しさにつつまれた作品に仕上がっているのは、真摯に、登場人物にそっと寄り添うような呉監督の演出によるところが大きい。呉監督本人にお話をうかがった。


きみはいい子メイン
-本作を監督することになった経緯を教えてください。

もともとプロデューサーから映画化を前提に原作をいただいたのですが、1つの読み物としてすごく好きな本だなって思えたんです。いま社会で問題になっているような事象を抱えた人たちの話なのですが、どの短編も、最後に無理なく一歩踏み出しているところを描いているのが、私は納得できたというか。ハッピーエンドや絵空事ではないところが良くて、これはぜひ、ということでお引き受けしました。

-原作は5つの短編から成っていますが、映画はそのうち3編のエピソードを基に構成されています。児童虐待、学級崩壊、認知症の独居老人といったさまざまな問題を取り上げながらも、ごく普通の日常生活を写し取ったような1本の映画として観られるところがすごいなと思いました。

きみはいい子4私も、難しいなぁ…と思いながら取り組みました。1つのエピソードで1本の映画になるくらいの重さがあると思うんですよね。児童虐待、ネグレクト、学級崩壊、モンスターペアレンツ、自閉症、痴呆症。この6つの問題を「全部入れました」って言うと、「重い」「詰め込んだ感がすごい」って思われそうだけど、そうならない方法はあるのかな?って、ずっとスタッフと話し合いながら考えていました。群像劇なので、どうしても1シーンが短くなります。そうすると、より「それっぽい」具体的なものを描きがちになるのですが、そこはちゃんと取材した上で、現実を捕らえるということを意識しました。

-過剰に描くのではなく、リアルにということですね。

そうですね。例えば、認知症を映画にするとしたら、明らかにボケているおばあちゃんを描くだろうし、自閉症なら、明らかに障がいをもっていると分かる子供を描くだろうけど、この映画はそうすることが利点にならないと思いました。こうした問題の当事者でない人が見ても、どこか身につまされると感じるレベルで表現しないといけない。例えば、認知症のおばあちゃんは、まだ症状が初期の段階なので、日常生活はちゃんと送れています。そんな日常と、症状が出た時との狭間にいる状態が、見ていて何か身につまされると思うんです。

-小学校のパートは、学級崩壊するクラスの生徒たちの様子がリアルで、見ていて腹が立つほどでした(笑)。

きみはいい子3基本的に、あのクラスの子たちは、新聞で公募をかけて、小樽や札幌から来てもらったんです。撮影時間の短い映画でテキパキ確実に撮っていこうと思うと、本来なら劇団の子役さんを連れて行くのが確実なんでしょうけど、この映画にはそれをするのが良いと思わなかったので。「“用意スタート”から“カット”の間にお芝居するんだよ」っていうことさえ知らない子たちと一緒にやらせてもらいました。少々収集がつかなくても、いまの子供たちというのを、ちゃんと捉えたいと思ったんです。

-高良健吾さん演じる若い教師・岡野を「変態!」と野次ったり、あれはすべて用意した台詞なんですか?

脚本にはもちろんベースがあるのですが、1人1人と会話をして、その子に合った台詞をアレンジしたりはしましたね。「あなたはもう少し野次飛ばして」とか。

-岡野先生はある「宿題」を出しますが、その感想を語る子供たちの反応がまるでドキュメンタリーを見ているようでした。

あれも台本はあったんです。でも、高良さんが子供たちとちゃんと向き合って撮影に臨んでくださっていて、その関係性がとても密になっているのを見せてもらっていたので、実際に宿題を出したら、台詞ではない、もっと生き生きとした表情が撮れるんじゃないかなと思いました。それで高良さんに提案したら、「ぜひやってみましょう」ということになったんです。(宿題の成果を語るシーンの)撮影当日、本来はリハーサルをして、カメラの動きも決めて撮るのが一番安全な方法ではあるのですが、それをやったら多分何かを失うなと思って、高良さんが子供たちに質問していく横をカメラマンさんに手持ちでついて行ってもらい、ほんとに何が出てくるか分からない言葉を順番に拾っていくという方法をとりました。あそこのシーンはこの映画にとって、嘘ではない、大事な感情の部分だと思ったんです。

きみはいい子2
-高良さんと尾野真千子さんが誰かにぎゅっと抱き締められているポスタービジュアルを見て、いま世の中で問題になっていることの解決につながる、一番大事なものが詰まっている気がしました。いろいろな問題を抱えた人でも、誰かからぎゅっとされると精神的に落ち着いたり、心の病が改善されたりしますから。

過度な褒められ方や、逆に過度に叱られた経験は、ずっと覚えていますよね。ということは、褒められるのはいいんですけど、叱られ続けたらどれだけの傷を心に負うのか。それが日常的になると、もう麻痺してしまうじゃないですか。そうなるともう、親から虐待された経験のある雅美(尾野)のように、自分の子供が生まれても可愛がることができない気がするんです。

-母親だって人間なのだと、大人になってから分かりますよね。

いっぱいいっぱいだったんだろうなと思います。でも、映画で描いているのは、そういう思いに至れなかった人たちの話なんですよね。難しいですね。答えというものがないから。

-雅美の娘・あやね役のお子さんは、自分の役が「母親から虐待されている女の子」だと、どこまで意識して演じていたのか気になりました。

撮影現場の呉監督と、あやね役の三宅希空ちゃん

撮影現場の呉監督と、あやね役の三宅希空ちゃん

あの子の役をちゃんと描くことは、すごく責任のいることだなって思っていました。彼女は東京の事務所に入っているのですが、演技経験はない子だったんです。オーディションで何回か会って、お母さんとも話しをしたのですが、本人が急に「映画に出たい」って言い出したんですって。「なんで映画に出たいの?テレビじゃだめなの?」って聞いたら、『アナ雪』(アナと雪の女王)だって言うんですよ。「あんな画面いっぱいに自分の顔がうつるのを見てみたい」って。それで、お芝居をやってもらったら、まだ固まっていなくて、すごく良かった。ただ、これは『アナ雪』ではないから、ビックリしちゃったらいけないので、ロケ地の小樽に行く前に、東京で尾野さんの代わりの役者さんを相手に一度演じてもらったんです。もちろん、その時も本番も、実際叩きはしませんが、引っ張ったり、怒鳴ったり。そしたら、すごく泣いてしまって。ああ、やっぱり駄目だなぁ…って思って、彼女に「無理しないでいいよ。私はあなたを傷つけてまで、この映画を撮るつもりはないから」って言ったんです。そうしたら、「昨日おうちでやったのより上手にできないから、悔しくて泣いてる」っていうから、「ええっ!」と思って(笑)。その時、彼女が今から自分はどういう役を演じようとしているのか、ちゃんと役に向き合って、自分がこの映画に必要なんだっていう気持ちでいてくれていると、すごく感じたんです。だから私はそれをちゃんと受け入れて、きちっと安全を守って、あとは現場で尾野さんに託していこう…という気持ちで進めました。

-監督ご自身、もうじき自分のお子さんを迎えられますが(取材は呉監督が来月出産予定というタイミングで実施)、この作品を撮ったのと、撮らなかったのとでは、母親になる心構えといった部分で、何か違いはあるかと考えますか?

正直、いま自分が母親になる自覚があるか?と言われるとないんですよ。やっぱり痛い思いをして、産んで、抱っこしてはじめて実感することだと思うし。ただ、1つ思うのは、この映画を何もない状況で作ったことの、ある種の厚かましさや恐ろしさ(笑)。と同時に、描かれている状況の当事者ではないがゆえに撮れたという、ある種の客観性。それが半分半分なのかな。ただ、確実に言えるのは、自分が子供を産んだあとの状況で、同じ作品は作れない。それはどの作品もそうですが、本当に、いましか作れないものを作らせてもらえたと思っています。自分が子供を産む前の作品がこれですごくよかったです。人の生き方みたいなものを、いろいろ見られたような気がしますから。

-監督はこれまで、ずっと家族の物語を撮ってこられました。しかも、いろんなタイプの家族が出てくる。よその家族の事情はなかなか外から見られませんが、どうしてあんな多様な家族を生き生き描くことができるのか、いつも不思議に思っていました。

呉美保監督3いろんな家族がすごく気になるんですよね。私は在日なので、思春期を迎えたころ、たとえば日本人のサラリーマンの家庭と、商売している自分のうちを見比べて「あれ?他とちょっと違うのかな?」と思った時期がありました。そんな時、「うちはサラリーマンの普通の家庭だ」って言われると、普通って何?正しいって何?と考えることがあったんです。自分は韓国籍で名前が2つあるけど、それって普通じゃないの?とか。ある意味、“普通の家族”をずっと探っているような感じなんですけど(笑)、実際、問題のない家族もないし、問題のない人もいない。多かれ少なかれ、みんな不安や問題を抱えて生きている。そのあたりをずっと探っているんだと思うんです。そうであるがゆえに、いろんな家族のパターンを描いているのかな、と思っています。

-出産後、次はどんな作品を撮りたいですか?

本作も『そこのみ~』も、わりと社会的な事を扱った作品だったので、今度はなんだか無秩序で大衆的な、笑って泣けるような映画を撮りたいですね。やっぱり家族の話だったりするのかもしれないですけど、ハチャメチャで、メンドクサイ人ばっかり出てくるような作品がいいです(笑)。

監督profile


profile of O Mipo
1977年3月14日、三重県出身。大阪芸術大学映像学科卒業後、大林宣彦事務所PSC入社。スクリプターとして映画制作に参加しながら監督した短編『め』が2002年Short Short Film Festivalに入選する。PSCを退社し、フリーランスのスクリプターをしながら書いた初の長編脚本『酒井家のしあわせ』が2005年サンダンス・NHK国際映像作家賞/日本部門を受賞、翌06年に同作で長編映画監督デビュー。10年『オカンの嫁入り』で新藤兼人賞の金賞を受賞。14年、長編3作目となる『そこのみにて光輝く』はモントリオール世界映画祭最優秀監督賞をはじめ、数多くの映画賞を受賞。同年度米アカデミー賞外国語映画賞部門日本出品作品に選ばれた。


〈取材後記〉
写真撮影の際「このお腹だからねぇ…」と若干カメラ写りを気にされつつも、小柄な体で大きなお腹に手を添える呉監督の姿は、まるで全身で生まれてくるお子さんを抱きかかえるような優しい雰囲気に満ちていた。映画公開をひと月後に控えた5月末に、無事第一子となる男の子を出産。骨太なテーマでも、どこか女性らしい細やかさを忘れない呉監督の作品は、母親となり、新たなパワーを身につけて、今後どのように変化していくのか。これからの活躍がますます楽しみだ。


『きみはいい子』
監督:呉美保 
原作:中脇初枝「きみはいい子」(ポプラ社刊) 
脚本:高田亮
出演:高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、高橋和也、喜多道枝、黒川芽以、内田慈、松嶋亮太、加部亜門、富田靖子
配給・製作プロダクション:アークエンタテインメント 
2015年/日本/121分
©2015「きみはいい子」製作委員会

テアトル新宿ほか全国にて公開中
http://iiko-movie.com

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