【フランス映画祭】たそがれの女心

巡る巡る、運命はワルツのごとく

tasogare久しぶりに映画に酔いしれるような感覚を味わった。ベルエポックのパリ。賭けごとで作った借金返済のため、何を売ろうか自宅の部屋で品定めをする、マダム・ド…[名字がない](ダニエル・ダリュー)。貴婦人の華奢な手と共にカメラは、流れるように横移動し、きらびやかな宝石、ネックレス、毛皮、ひとつひとつを捉えていく。やっぱりこれにしよう。グルリと一周りしたカメラは、選んだダイヤモンドの耳飾りを耳に付ける貴婦人の顔を、ここで鏡越しにようやく見せる。それは、夫からの結婚の記念の品物。これだけでもう、彼女と夫であるジェネラル・ド…[名字がない] (シャルル・ボワイエ)の冷え切った夫婦関係が透けて見えてきてしまう。

物語は、この耳飾りが人から人の手に渡り、彼女の元に戻ってくることで動いていく。妻から宝石商へ、宝石商から夫へ、夫から愛人へ。愛人の次には、イタリア大使のドナティ男爵(ヴィットリオ・デ・シーカ)の手へと渡り、そして男爵はマダム・ド…と恋に落ち、そしてついに彼女にこの耳飾りが戻ってくるという風に。その運命の不思議。この小さなひとつの耳飾りが、それを手にしたそれぞれの男の心を女の心を、ダイヤモンドの光の中に写しだす。最初に売りに出した時には、マダム・ド…にとって何の思い入れもなかったこの小さな品が、再び戻って来た時には、何よりも輝かしく大切なものに変わっている。一人の女性の心の変化を、目には見えない心の内を、目に見える形で表現しているところに、映画的な感動がある。

オペラ見物や舞踏会に明け暮れる日々。その中で若い男から自分が注目され、言い寄られるのを軽くあしらうことに、慰さめを見出しているマダム・ド…。ドナティ男爵との出逢いも、最初はそんなつもりだった。それが段々本気になっていく過程は、舞踏会で二人がワルツを踊るということだけで表現されている。ぐるぐると二人が回っているうちに、衣裳や背景の変化し時が経つのが示され、変化していく会話によって親密度が増していくさまが示される。

実はこの演出だけではない。映画全体で見ても、この円運動というのが、繰り返されているのが印象に残る。物語の構造も、冒頭の品定めのカメラの動きも、マダム・ド…が耳飾りを売りに行ったり、買い戻しに行ったりする、宝石店の2階に上がるためのらせん階段も。それは単なる演出というより、そこにマックス・オフュルス監督の人生哲学があるのではないかという気がしてくる。彼の人生こそ、運命から逃げようとしても逃れられずに、逆に運命が追いかけてくるというものだったからだ。

ドイツに生まれ、そこで映画監督としてのスタートを切るも、ユダヤ人だったことから、ナチスの台頭を恐れフランスに移住。しかし、フランス国籍を取ったのも束の間、今度はフランスをナチスが占領したためアメリカに逃れ、ハリウッドで映画を作らざるをえなくなる。ようやく50年にフランスに戻り映画製作の本拠地とするが、わずか7年後には、ドイツのハンブルクで亡くなるという、数奇な運命。戦争に翻弄された人生だったからなのだろう。マダム・ド…の夫、将軍の描きかたに、彼の軍人嫌いが反映されている。妻に言い寄る男たちを余裕で眺める“男のうぬぼれ”。ケチがついた妻の耳飾りを、愛人にプレゼントする“無粋”。恋にやつれ病床に伏す妻への“復讐”。「軍人は外交に口を出すな」イタリア大使のドナティ男爵が、優しさの中にも毅然とした態度を見せるのに対しての、将軍の軍人にあるまじき“卑怯な態度”。この作品が単なるメロドラマとは異なり、運命の哀しさや重さをたたえているのは、このように監督の人生が、そこかしこに染みこんでいるからに違いない。



▼作品情報▼
原題:MADAME DE…
監督:マックス・オフュルス
脚本:マックス・オフュルス、マルセル・アシャール
撮影:クリスチャン・マトラ
音楽:ジョルジュ・ヴァン・パリス
出演:ダニエル・ダリュー、シャルル・ボワイエ
ヴィットリオ・デ・シーカ
1953年/フランス/95分/DCP/スタンダード/モノクロ
※デジタルリマスター上映
提供:アンスティチュ・フランセ パリ本部
© 1953 Gaumont (France) / Rizzoli Films (Italie)


【フランス映画祭2015】
日程:6月26日(金)〜 29日(月)
場所:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長:エマニュエル・ドゥヴォス
*フランス映画祭2015は、プログラムの一部が、大阪、京都、福岡で6月27日(土)から7月10日(金)まで、巡回上映します。
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2015/
Twitter:@UnifranceTokyo
Facebook::https://www.facebook.com/unifrance.tokyo
主催:ユニフランス・フィルムズ
共催:朝日新聞社
助成: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC
協賛:ルノー/ラコステ
運営:ユニフランス・フィルムズ/東京フィルメックス

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