【フランス映画祭】エール!
ガチャーン、チャン、ドン、チーン、ゴーン。冒頭、食事の風景。あまりにも賑やかな音がするので驚いた。これは聴覚障がい者の家族の物語。4人家族の中で娘ひとりだけが、耳が聴こえる。そんな家族。耳が聴こえないから、食器を置いたり片付けたりするのに、遠慮なく音を出してしまう。なるほど、そんなものかと、思った。とてもわかりやすい導入部である。いい台詞がある。家で作ったチーズを売りにいった市場で、お客さんに声を掛けられて言った娘の台詞。「私がおしゃべり担当、お母さんは笑顔担当、弟は会計担当。それが私たちの家族です」彼らは助け合って、ちゃんと不自由なく生活している。それどころか、手話を使うと、人前で秘密の会話をしたり、音がうるさくて会話ができないようなところでも会話ができたりと、それが思わぬ特技になっているところに、感心してしまう。
「障がい者って言うけれど、これは単なる個性だ」という父親。まさにこの作品は、そうした精神を体現化している。そんな中、父親は町長選挙に出るといい、娘は、学校で歌の才能が認められて、音楽学校のテストを受けるように先生からサジェストされる。しゃべれなくて政治が出来るのか。音が聴こえなくて、娘の才能を理解できかつ応援ができるのか。映画は、彼らに不可能とも思える課題を出す。けれども、それすらどこにでもある普通の家族の物語として昇華されており、観ていてとても気持ちがよく、誰もが共感できる作品になっている。
母親役のカリン・ヴィアール(『素顔のルル』)と父親役のフランソワ・ダミアン(『タンゴ・リブレ 君を想う』)が素晴らしい。当然ながら、映画の中でふたりはひとことも台詞は喋らないのだが、表情豊かに、感情のこもったアクションによって、手話をさらに豊かな言葉にしている。カリン・ヴィアールのダンスのような動きとフランソワ・ダミアンの直線的な動きは美しく、かつ彼らの性格までをも表現している。娘役のルアンヌ・エメラは、彼らの喋らない分まで喋り続け、また歌うのだが、素直で温かさがにじみ出てくるようなところが、いい。2013年に音楽オーディション番組『The Voice』フランス版で準優勝を果たした彼女は、この作品が映画初出演。本作で第40回セザール賞最優秀新人女優賞を受賞したというのも頷ける。
【Q&A】
2015年6月26日、フランス映画祭2015において上映後、大きな拍手に迎えられて、エリック・ラルティゴ監督と、ルアンヌ・エメラがQ&Aに登壇した。彼女は、映画のままに、活発で明るく飾らないところが印象に残る、素敵な女性だった。
この作品のアイデアは、元々脚本家であるヴィクトリア・ドゥブスの父親ギイ・ドゥブス(喜劇俳優)の秘書をしていた女性の一家がモデルになっていて、その最初の話を元に10カ月かけて監督自身が脚色したとのこと。映画で苦労したのは、普通の会話劇と方法が異なることだったという。「カリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアンのキャスティングふたりに手話をやってもらったのですけれども、手話というのは、ある意味、ダンスの振り付けのようで、見ていて動きの多いものです。私はまずその手話のリズムを覚えなければなりませんでした。手話というのは、実際に聴覚障がい者がそれを見てわからなければ意味がないので、手話をやっている手元が写らないと意味を持たないわけです。ですから切り返しで撮ることもできませんし、常にフレームの中に手話をやっている人が納まるように気をつけました」
ルアンヌ・エメラはこの映画に出演したことについて「『The Voice』フランス版を観ていた監督が気に入ってくれて、スクリーンテストを受けたのですけれども、最低の出来で今なぜ私が採用されているのかもわからないくらいです。まさにシンデレラストーリーです」と言う。決して謙遜ではなく、エリック・ラルティゴ監督も「3回スクリーンテストを受けさせたのですが、すべて結果が悪くて、今考えると、なぜその時に彼女を採用したのかわからないのです。ひとつの科学反応がそこに起こったのだと思います。無意識にこの役は彼女だと、私の中で思ったのです。彼女はとてもみずみずしさを持っていて、清廉さ利発さを持っていて、素晴らしい歌い手でした。実際には3秒くらいだったのですが、スクリーンテストの時に素晴らしいと思った瞬間がありました。それを1本の映画の中では1時間半続けなければならないということになるのですが、今は、私はそれに成功したのではないかと思っています」と、正直なところを明かしてくれた。
映画初出演、しかもいきなり難しいチャレンジをした彼女だったが…
「手話を覚えるために4ヶ月間1日4時間ほど手話のレッスンを受けました。確かに時間はかかったのですが、元々私は外国語を覚えるのが得意でしたので、その点は有利だったと思います。決して簡単だったとは言えませんが、やはり自分が何かやりたいと思ってやる時にはそんなに苦にならないものです。私自身は歌手ですので、映画の中で演技をするという経験がありませんでした。なので、演技をすることが一番難しかったです。けれども、監督が手助けをしてくれましたし、少しドキドキもしていた私に、カリン・ヴィアールとフランソワ・ダミアンは、すぐに色々と助言をしてくれました」とのこと。それでも、これからも「次の作品では、歌わなくてもいいと思っています。とにかく私は色々な役に挑戦してみたいと思っています」と、演技を続けることに意欲を見せてくれた。
「この会場の中に聴覚障がい者の方がいらっしゃいますか」と、監督自身が確認をした後、この作品は、配給会社の方にはまだ正式に確認はしていないが、健常者向けと聴覚障がい者向けの2バージョンを用意しているということを説明。すると、会場で手が挙げられたのを見ていたルアンヌ・エメラは、何と「フランス手話は日本手話と大きくちがいましたでしょうか。ご理解できましたでしょうか」と、逆に観客に質問した。そこで驚くべきことが起こる。聴覚障がい者の方が手話でそれに答え、女優のルアンヌ・エメラがそれを翻訳したのである。「素晴らしくて、本当に泣きました。ブラボーです。すべて理解できました。日本手話とフランス手話はだから同じだと思います」会場全体が、驚きと感動に包まれた。
エリック・ラルティゴ監督によれば、フランスにいる聴覚障がいをもっている人たちが、この映画を日本で掛けても、日本手話とフランス手話というのは似ているので、おそらくある程度はわかるかもしれないと言っていたとのこと。「私たち健常者が日本語を覚えるには、15年くらいはかかってしまいます。その点、聴覚障がいの方たちは、手話という言語があるために、外国に行っても1日2日でコミュニケーションが取れるということで、本当に素晴らしいことだと思います」と、この場を締めくくった。
「障がい者って言うけれど、これは単なる個性だ」という映画の中の父親の言葉。作品の中だけでなく、現実にその言葉の意味を目の当たりにできた、素晴らしいQ&Aだった。
▼作品情報▼
原題:La Famille Bélier
監督:エリック・ラルティゴ
出演:ルアンヌ・エメラ、カリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアン、エリック・エルモスニーノ
2014年/フランス/105分/DCP/ビスタ/5.1ch
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
10/31(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
© 2014 – Jerico – Mars Films – France 2 Cinéma – Quarante 12 Films – Vendôme Production – Nexus Factory – Umedia
【フランス映画祭2015】
日程:6月26日(金)〜 29日(月)
場所:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長:エマニュエル・ドゥヴォス
*フランス映画祭2015は、プログラムの一部が、大阪、京都、福岡で6月27日(土)から7月10日(金)まで、巡回上映します。
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2015/
Twitter:@UnifranceTokyo
Facebook::https://www.facebook.com/unifrance.tokyo
主催:ユニフランス・フィルムズ
共催:朝日新聞社
助成: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC
協賛:ルノー/ラコステ
運営:ユニフランス・フィルムズ/東京フィルメックス