【フランス映画祭】夜、アルベルティーヌ

L'Astraga l 距骨と愛と文学と。

アルベルティーヌアルベルティーヌ・サラザンの自伝的小説「アンヌの逃走」(65年)の映画化。残念ながら、この作家のことは知らなかったのだが、27歳で合計9年間も刑務所で過ごす壮絶な人生を送ったという。本作は彼女が19歳の時、刑務所の壁を越えて脱走するところから始まる。原題L’Astragalとは距骨のこと。距骨とは足首の奥にある骨で、足首の調整をするだけでなく、全身の左右バランスにも関係するものだ。彼女は刑務所の塀を乗り越え飛び降りた時、捻挫と同時にこの骨を痛めてしまう。このタイトルは、それを示したものなのだが、それだけでなく、年齢には不釣り合いな、彼女のバランスを崩した生き方をも表現している。

彼女の人生における距骨損傷とは何か。それは1954年から1962年にかけて行われたアルジェリアの独立戦争だ。おそらくそこで両親を亡くしフランスに逃げてきた未成年の彼女は、どこかの家に養女として迎え入れられたのであろう。10代前半、丁度難しい年ごろを迎えていた時のこの不幸。それが彼女の悲劇である。この出来事は、丁度距骨の損傷により、全身のバランスを崩して歩けなくなるのと同じように、彼女の人生を止めてしまったのだ。

 シネスコサイズ・モノクロの美しい映像が、この時代の空気を写す。50年代末といえば、フランス映画界では、ヌーヴェル・ヴァーグが起こった頃。本作を観ていると、シネスコサイズ・モノクロのパリの映像が鮮烈だった『大人は判ってくれない』や『ローラ』などを、思わず想起してしまう。歩けなくなって道端でもがいていたアルベルティーヌを救う、ジュリアン(レダ・カデブ)の風貌もいかにもあの時代のチンピラ風、もっと言えば、『勝手にしやがれ』のミシェル風とも言える。自動車泥棒と自転車泥棒という違いこそあるが。

 アルベルティーヌは、劣悪な生活の中でも、例え娼婦として街角に立っていたとしても、自分を救ってくれたジュリアンに対して、純愛といってもいい気持ちを持ち続ける。彼の前以外では、美しい黒い髪を、まったく似合わない金髪のかつらの下に隠す。それは単に、警察から逃れるための方策ということだけではなく、本当の自分は隠して大切にとっておきたい。そんな気持ちがあるようにも思える。

 ブリジット・シィ監督が女性だからであろうか。彼女の周りの女性たちの描きかたは、なかなか手厳しい。アルベルティーヌが街角に立とうとするのを見つけ、追い払いにやってくる、中年の醜い娼婦たち。ジュリアンに彼女をかくまうために、頼まれて部屋を貸した女の嫉妬。小さな子供がいるというのに麻薬に溺れ、自分のためには、簡単に仲間を売る彼女の刑務所仲間の女。アルベルティーヌが収監される原因となる、強盗を一緒に犯したレズビアンの女。そんな中だからこそ、彼女のジュリアンへの純愛がきらりと光る。

 アルベルティーヌがかくもジュリアンに惹かれるのは、彼女がこうした女たちに囲まれて人生を過ごしてきたからなのだろう。誰も信じることができない世の中。誰もが自分に、命令し、要求ばかりを押し付ける世の中。出身がひと目でわかる彼女の容貌から、差別をする人もいたことだろう。そんな人生を送ってきた彼女だからこそ、だまって足の治療費を払い、彼女に対してこれといった要求もしない、彼女のこれまでの人生のことなんかこれっぽっちも気にしないジュリアンを、やんちゃで子供っぽい正直さと包容力を併せもったジュリアンを、愛したのだろう。彼こそ、不安定な彼女のバランスを整えてくれる人なのだ。車の中で、ジュリアンに彼への思いを綴ったノートを渡し、ひとり海へと歩き出す彼女の後姿。海がキラキラと輝き、黒髪が風でゆったりと揺れる。それは、二人の愛が深まる瞬間であると同時に、ひとつの文学作品の誕生への第一歩が刻まれた瞬間でもある。それゆえに美しい。

▼作品情報▼
原題:L’Astragal
監督:ブリジット・シィ
出演:レイラ・ベクティ、レダ・カテブ、エステル・ガレル
2014年/フランス/97分/DCP/スコープ/ドルビー5.1/モノクロ
(c) DR



【フランス映画祭2015】
日程:6月26日(金)〜 29日(月)
場所:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長:エマニュエル・ドゥヴォス
*フランス映画祭2015は、プログラムの一部が、大阪、京都、福岡で6月27日(土)から7月10日(金)まで、巡回上映します。
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2015/
Twitter:@UnifranceTokyo
Facebook::https://www.facebook.com/unifrance.tokyo
主催:ユニフランス・フィルムズ
共催:朝日新聞社
助成: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC
協賛:ルノー/ラコステ
運営:ユニフランス・フィルムズ/東京フィルメックス

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