『デブ君の給仕』『デブの自動車屋』:新野敏也さん (喜劇映画研究会代表)トークショー(前編)

-柳下美恵のピアノdeシネマ2015-

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5月15日渋谷アップリンクにて、「柳下美恵のピアノdeシネマ2015」の4回目の公演が行われた。今回上映されたのは、『デブ君の給仕』『デブの自動車屋』と、なかなか観られないロスコー・アーバックル作品。上映の後には、柳下美恵さんと、喜劇映画研究会代表新野敏也さんとのトークショーが行われた。他ではなかなか聴けない濃いお話を、できるだけフルに採録し、お届けします。


【作品紹介】

『デブ君の給仕』The Bell Boy 25分56秒/アメリカ/1918年/DVD
監督:ロスコー・アーバックル
撮影:エルジン・レスリー
出演:ロスコー・アーバックル、バスター・キートン、アル・セント・ジョン、アリス・レイク

高級なのに世界一サービスの悪いホテルで働くベル・ボーイのキートンは、同僚のデブ君の恋を実らせるため、銀行強盗のフリをし、そこにデブ君が駆けつけ事件を解決することで、彼女を振り向かせる、というシナリオを練る。しかし、そこに本物の銀行強盗が現れて…。このホテルのエレベーターは、ボタンを押すとホテルの表の鈴が鳴り、それに合わせて馬がロープを引っ張り箱が昇降する仕組み。馬が途中で止まると、中途半端なところで箱が止まってしまう欠点が何とも可笑しい。後年のキートン作品っぽいメカニカルなギャグが冴えわたる。一方、アーバックルの床屋さんは、髪や髭をいじると、お客さんがリンカーンになったりグラント将軍になったりという寄席芸っぽいギャグを披露。二人のギャグのセンスが見事に調和した作品。

『デブの自動車屋』The Garage 21分54秒/アメリカ/1920年/DVD
監督:ロスコー・アーバックル
撮影:エルジン・レスリー
出演:ロスコー・アーバックル、バスター・キートン、アル・セント・ジョン、モリー・マローン、アリス・レイク

ガソリンスタンド、修理工場、レンタカー、保安官事務所、消防署を兼ねた自動車屋で働くデブ君とキートン。ケチな客が来れば、お店を出た途端、すぐにバラバラと壊れて行く自動車を貸し出す。洗車は、ターンテーブルを回してホースで水をぶっかければ出来上がり。いい加減なようでいて、それなりに繁盛しているのだが、デブ君の最大の関心事はやっぱり恋のさや当て。ライバルの計略で消防出動して遠くに来てみたものの、火の気はなし。ところが周りを見回してみれば、何と自分のところが火事で、慌てて戻り…。アーバックル&キートン最後の共同製作。

正直に言うと、ロスコー・アーバックルがこんなに面白くて、芸達者とは知らなかった。デブ君、キートン、アル・セント・ジョンの激しい動きと、柳下美恵さんのピアノのリズムが見事にシンクロして、可笑しさは倍増!スラップスティックはリズムが命ゆえに、音楽がとても大切であることを実感した。


柳下美恵さん、新野敏也さん (喜劇映画研究会代表)トークショー(前編)

≪新野敏也(あらのとしや)さんプロフィール≫
喜劇映画研究会代表。喜劇映画に関する著作も多数。
最新刊「〈喜劇映画〉を発明した男 帝王マック・セネット、自らを語る」
著者:マック・セネット 訳者:石野たき子 監訳:新野敏也 好評発売中
Web:喜劇映画研究会ウェブサイトhttp://kigeki-eikenn.com/


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【映画タイトルからその人気が見えてくる】

(柳下美恵さん以下柳下)「まずはじめに、タイトルにデブ君とデブというのがあるのですけれども、なんでそんな風に付いたのですか」

(新野敏也さん以下新野)「まず、デブ君という名称の説明からです。今肥満体の人のことをデブって言いますよね。これはロスコー・アーバックルが語源になっています。元々、江戸時代にも、デブデブという言葉はありました。物が大きくてゴツイものをそのように言っていたのです。これは確実ではないのですが、例えば大きくて太い米俵のことをデブデブの米俵っていう風な言い方をしていたようです。それが、1910年代に映画会社の今でいうコピーライターみたいな人か、もしくは、活弁士が補足説明する際に、このキャラクターをデブ君にしようってことにしたらしいです。その後アーバックルが日本全国で人気者になったために、太っている人のことをデブって言うようにったそうです」

(柳下)「君が付いたり、付かなかったりしていますね」

(新野)「“君”が付いているのは、当時一般の人たちは、まだ外国の文化をよく知らなかったため、例えばロスコー・アーバックルという人名だけでは、男か女かもわからなかった。それで、ポスターで表示される名前の後に、氏とか君、嬢とか女史とか付けていたのですね。アーバックルの場合は、最初はデブ君。デブと言えばアーバックルを指すことが一般的になってきてからは、単にデブとなったのです。アーバックルの人気がどれくらいだったかというと、相撲協会公認の人ではないので確実ではないのですけれども、デブの山とか、女優では大山デブ子(25年にデブ子と名乗り始める)さんとか、そんな風に名乗る人が出てきたことからも伺えます」


【アーバックル作品のツボPART1】

新野1(柳下)「『デブ君の給仕』についてはいかがですか」

(新野)「初公開はアメリカが第一次世界大戦に参戦する頃ですので、それっぽい内容が結構多かったですね。その頃は世界中の人が観てわかったかと思うのですが、今観てみますと、スポークンタイトルだけでは、わかりづらいところがありますね」

(柳下)「床屋のシーンはすごくよくわかりました。アーバックルが、何年も床屋に来なかったみたいなお客さんを散髪すると、髭や髪を少しずつ刈る度に、グラント将軍、リンカーン、ヴィルヘルム2世とその姿を変えていくところですね」

(新野)「ただ、何の物真似かが今では、わかりにくいかと思うんですよね。それで、スポークンタイトル以外に、それを説明する字幕を付けてみました。それからこれは字幕解説をつけなかったのですが、アーバックルが女の子と痴話話をしている中で彼が、君はニューヨーク出身なんだねというセリフを言うのですが、これなどは楽屋落ちではないかと思っています。アーバックルは、この頃マック・セネットの勢力圏から逃れるため、ハリウッドからニューヨークに活動拠点を移していたので、それで単純にそんなセリフが出てきたのかと」

(柳下)「この頃のキートンは、まだ主役じゃないというのもあるのか、ちょっと後年の顔と違いますね」

(新野)「まだ喜怒哀楽がはっきりしていますよね」

(柳下)「身体能力はさすがにすごいですけれどもね。アーバックルも師匠格なので、やっぱり負けず劣らずすごいですね」

(新野)「彼は175センチで140キロくらいあったらしいんですけれども、今日上映した映画なんか観ても、キートンやアル・セント・ジョンと互角に転んだり跳んだりしていますものね。アーバックルは元々サーカスの道化師をやっていたので、アクロバット的な身体能力だけでなく、実はジャグリングとか細かい技も得意なのですよ。『デブ君の給仕』で一番びっくりしたのは、火の着いた煙草を口の中に隠しておいて、画面に登場するやいきなりそれを吹かし始めたところですね。これはすごいなと」

(柳下)「140キロもあるのに関らず、身体が自然に軽々と動いているので、実はそれが凄いことだっていうことに、気がつかないで観てしまうんですよね。本当に140キロの人が、それを目の前でやったら、風とか衝撃があるかもしれないですけれどもね(笑)」

(新野)「着地した瞬間にビルとか崩れたり、地面にひびか入ったりとか、そのくらいの破壊力がありそうですよね(笑) でも画面で観ると、風船のような感じがしますね」

(柳下)「他に『デブ君の給仕』で気が付いたこととかありますか」

(新野)「小道具っていうことで言えば、馬をバックさせたり、エレベーターのかごをロープで引っ張っていた馬が動かなくなった時に、馭者が馬の背中に登って立ったりしますよね。あれは馬とよほどの信頼関係がないと、できないらしいんですよ。アーバックルがいたキーストン・カンパニーでは動物を調教していて、随分芸達者な動物たちがいたのですが、それをそのまま連れてきているんじゃないかと思うんですね。『デブの自動車』に出てくる犬(ルーク)も、キーストンの頃から使っているアーバックルの飼い犬ではないかと思うんですよ。ディズニーなどの動物映画が出てくるのは、1920年代半ばくらいからですので、それよりも10年も前に動物をうまく使っていたところがすごいですね」

柳下美恵さん、新野敏也さん (喜劇映画研究会代表)トークショー(後編)

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