『追憶と、踊りながら』ホン・カウ監督インタビュー

ベン・ウィショーには「ゲイという先入観を転換させていける力がある」

HongKhaou_1 英語と中国語、英国の若手実力派俳優ベン・ウィショーと香港出身の往年のアクション女優チェン・ペイペイ、ロンドンの冬と李香蘭の名曲「夜来香(イェライシャン)」ーー本日5月23日公開の英国映画『追憶と、踊りながら』は、こうした異質のものと異なる時空を繊細にカメラに収め、1本の映画の中でシームレスに紡いでいる。
 ロンドンの老人ホームに暮らすカンボジア系中国人の女性ジュン(ペイペイ)は、一人息子のカイを失ったばかり。そんな彼女のもとを英国人青年リチャード(ベン)が訪れるが、リチャードは自分がカイの恋人だったことを打ち明けることができないーー。
 同性愛や、英国における移民の生活、そして老い。本作が複雑なテーマを描きつつ、きわめて自然で優しいのは、これが長編デビューとなるホン・カウ監督が自身の経験と丁寧に向き合い、それを盛り込んだことによるところが大きいだろう。カンボジア・プノンペンで生まれ、すぐに家族とベトナムへ。さらに幼いうちに英国へ移住したカンボジア系英国人であり、自身もゲイであることを明かしている。来日したホン監督に、作品に込めた想いや裏話を伺った。


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―言葉の通じない者同士の心のふれあいやすれ違いが印象的な作品でした。監督は英語と中国語のバイリンガルだと伺っています。お母様がカンボジア系中国人で、お父様は小さい頃に亡くなられたそうですが、ご家庭の言語環境から教えて下さい。

母方の祖父母は中国籍ですが、母はカンボジア生まれで、自分はカンボジア人だという意識を持っている人でした。カンボジア語はもちろん、移住先のベトナム語も出来ましたし、北京語、広東語も出来ました。一方、父は中国生まれで、移民としてカンボジアに渡った人です。このようにチャイニーズの要素がとても強い家庭だったので、家族の間で話す言葉も、おのずと中国語が中心になりました。
私は北京語、広東語のどちらも話せますが、俳優を選ぶにあたってはこれがなかなか複雑で、彼らが必ずしも両方できるとは限りません。この映画でも、ジュンと息子のカイを演じた2人のコンビネーションをどうするべきか、探るのが難しかったです。今回は現実的に、北京語にした方がより多くの方に広く見てもらえると考え、北京語を使うことにしました。

―通訳係の中国系女性ヴァンを介して、リチャードとジュン、ジュンと同じホームに入居している老人アランがわかり合おうとします。ヴァンはプロではないのでニュアンスの微妙にズレた通訳をしていることがあり、観ていてハラハラしたのですが、それが物語をより豊かにもしていますね。あの通訳のズレまでも、脚本段階で練られていたのですか?

おっしゃるとおり、プロではないという設定の通訳が入ることで、ドラマが複雑になると同時に、豊かにもなります。通訳という言葉のエッセンスを加えることで、作品が面白くなると思いました。脚本に関しては、自分が英語で書いたものを、すべて翻訳者に依頼して北京語に訳してもらいました。脚本の段階で、ヴァンがつたないなりにもどう伝えようか、努力しているところまで練って書いています。演じたナオミ・クリスティさんは演技初体験だったので、全ての台詞は全部事前に書いておいてあげる必要がありましたから。

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―劇中、ジュンが故郷カンボジアを離れた事情については一切語られませんね。監督ご自身は、母親から移住した事情などを聞いて育ったのでしょうか?

映画で敢えてジュンとカイのバックグラウンドを説明しなかったのは、中途半端に触れることができない事柄だからです。それを描いてしまうと、軸となるストーリーの展開に差し障りが生じると思いました。
私自身についてですが、そのあたりの状況については聞いて育ちました。ポル・ポト政権の下では生きていけないため、カンボジアからベトナムに逃れたわけですが、それは子供心にも理解できました。しかし、ベトナムでは友達もたくさんできて楽しく過ごしていたので、英国へ行くことになった理由は理解できなかった部分もあります。大人になってから、両親は私たちの将来を考えて、全てを諦めて英国に来たのだとわかってきました。子供たちのために、新しい未来へ向かって英国に渡ったのです。

―「夜来香」が流れますが、お母様が好きだったのですか?

「夜来香」を含め、1950年代に流行した音楽を私の母はたくさん聴いていたと思います。あの時代の曲を使った理由は、映画の冒頭で観客に、「これは時代劇なのだろうか?」と感じさせる効果があると考えたからです。シーンが進むにつれて、現在の物語であり、音楽は息子が生きていた時によく聞いていたというジュンの記憶の象徴だということがわかってきます。記憶の中に生きるジュンを、音楽を通して象徴的に表すことができると思って使いました。

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―リチャードとカイのラブシーンの美しさが印象的です。2人がベッドの上で話すシーンは、音声と映像が微妙にズレているような変わった編集をしていましたね。

美しいと思っていただけて嬉しいです。それに、エディティングに関しても気づいてもらえて嬉しく思います。
あの少しずつズレた感じは、脚本の段階でそのようにしていたわけではないんです。ポストプロダクションの段階で、編集スタッフが「話し声と映像をちょっとずらしてみると、こんな感じになるんだけど、どう?」と見せてくれたのがとても面白くて、採用しました。もともと私の中で、完全に同期していないけれど、過去が現在の中に染み込むように存在している……ということを映画の中に滲ませたいという意図があったので、それに上手くマッチした表現だと思ったんです。

—ゲイであることをカミングアウトした人がゲイの役を魅力的に演じてしまうと、強い固定イメージがついてしまうのではと思いますが、それを恐れないベン・ウィショーは素晴らしいですね。そうした偏見を帯びたフィルターは、監督にも同様にかけられると思うのですが、ホン監督はどのように対処していくつもりでしょうか?

信じているものに向かって進んでいても、世の中に偏見があることは変えられませんし、そうした現実は私も認識しています。カッコつけるわけではないですが、監督としては、どんなレッテルを貼られても撮りたいものを撮っていくしかないと思っています。その点は、俳優の方がイメージが大事なので難しいでしょうね。
私がベンの気持ちを代弁することはできませんが、この作品への出演を決めてくれたことをすごいと思う一方で、彼のようにその才能が自他共に認められた俳優であれば、何を演じようと、もう揺らぐものがないのかもしれないとも思います。彼には、世間が持つゲイという先入観を転換させていける力がありますから。
近年では、ザッカリー・クイント(『スター・トレック』)など、トレンド的にカミングアウトする人も増えてきているので、時代の流れも変わっているのではないでしょうか。

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Profile of Hong Khaou
1975年10月22日、カンボジア・プノンペン生まれ。ヴェトナムで育ち、後にロンドンへ移住する。97年UCA芸術大学を卒業。当初はファイン・アーツを目指すが、映画製作に転換する。BBCとロイヤル・コート劇場の「50人の新進作家」プログラムに選ばれ、多くの企画で脚本を経験。2006年ベルリン国際映画祭で上映された“Summer”と11年サンダンス映画祭で上映された“Spring”という2本の短編で注目され、13年にはスクリーン・デイリー紙が選ぶ「明日のスター」に選ばれるなど、今後の活躍が期待されている。


〈取材後記〉
ホン監督が実際母親に抱いているのであろう感謝の想いや、キャストの素晴らしい演技が、観たあとも暫く心に残って離れない作品だ。とりわけベン・ウィショーの繊細な表現にはファンでなくとも心を鷲掴みにされること請け合いで、本作のラブシーンは近年の映画作品のなかでも傑出した美しさだと筆者は個人的に思っている(特にBLファンでも何でもありません)。
想いを込めた手紙を添えて脚本を送り、実現したというベン×ペイペイという豪華なキャスティング。これが長編デビューとなる監督の低予算映画とはいえ、優れた俳優はその誠実に書かれた1本の脚本と手紙だけで何か煌めきを感じ取ることができるのだろう。ちなみに、海外インタビューのなかでベンは監督のことを「ラブリー」と表現しているが、実際お会いした監督は、確かに小柄な少年のようでいて、芯の強さも感じさせるとても魅力的な方だった。「もう監督、キャスト、みんなラブリーだよ!」とこちらも叫びたくなりました。


『追憶と、踊りながら』
原題:LILTING
監督・脚本:ホン・カウ
出演:ベン・ウィショー、チェン・ペイペイ(鄭佩佩)、アンドリュー・レオン、モーヴェン・クリスティ、ナオミ・クリスティ、ピーター・ボウルズ 
配給:ムヴィオラ
2014年/イギリス映画/86分
(c)LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014

新宿武蔵野館、シネマ・ジャック&ベティほか全国にて順次公開中
公式サイト: www.moviola.jp/tsuioku

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