ザ・トライブ

かつてない映像表現に、完膚なきまで打ちのめされてほしい

TheTribe_main 昨年の第67回カンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリを受賞した本作は、ウクライナの聾学校を舞台に、不良グループに入った少年が犯罪や売春に手を染め、そして売春に励む少女に恋したことによる暴走を描いている。彼女とのセックスのために犯罪や暴力でカネをつくる少年と、イタリアに行く夢を叶えるためにカネが必要な少女の想いは交錯せず、少年は苛立ちを深めていく・・・。10代の不良少年の熱く歪んだラブストーリーは特に目新しいものではなく、むしろシンプルな構造だ。ただ本作が非常に斬新なのは、登場人物全員が聾唖者で、全編手話で字幕なし、音楽もなしという要素で、これまでにない映像表現に挑んだ点だ。

当初は登場人物の手話の内容が字幕であったほうが理解が深まるのではないかと思っていた。しかし映画が始まり10分ほどしたら、表情や仕草などで何となく彼らの関係性が判断できるようになり、次第に手話の内容の詳細はどうでもよくなり、むしろ詳細が分からないことで、かえって物語の骨格が浮き彫りになってくる。少年と少女が手話だけではなく体や顔の表情を目いっぱい動かして激しく自己主張する様は、ある種の格闘技のようで圧巻だ。当然、観客側にも五感を駆使して考える作業が伴うが、それはとても刺激に満ちている。

特に研ぎ澄まされるのは聴覚だろう。暴力とセックスにまみれた閉塞的かつ沈黙の世界に響くのは、音だ。物を投げつける音、誰かの顔面を殴る音、腹部を蹴る音、男と女の体が絡み合う音、喘ぐ声、悲痛な咆哮・・・。彼らが音の出どころなのに、彼らには聞こえない。そして(耳の聞こえる)観客には聞こえているというギャップが何とも皮肉だ。どんな音でも聞き漏らすまいと耳をそば立てているうちに、映画そのものに引きずりこまれるような奇妙な感覚にとらわれる。そして気づくのだ。これらの音は、彼らの興奮や憤りや苦痛の産物で、むしろ言葉よりも雄弁であることに。

TheTribe_sub1 その音が最も効果を発揮したのは、少年が驚愕の行動に出たクライマックスと、それを経てのエンドロールだろう。あの響き渡る残忍な破壊音と、遠ざかる足音といったら・・・。彼の憎悪や絶望が心に突き刺さり、呼吸するのもためらうような、思考も停止するような衝撃だ。こんなにも不快かつ映画的興奮に襲われる映像体験は滅多にないし、いっそ完膚なきまで打ちのめされてほしい。クレジットが流れても鞄の中をごそごそしたり、隣の人と話したりせず、劇場が明るくなるまで息をひそめて、耳をすましていただきたいと思う。

登場人物の誰にも共感も同情もないが、果たして彼らは特殊な存在なのだろうか?閉ざされたコミュニティーのなかで制御不能となった感情が招いた結果は悲惨だが、これは彼らが障がい者だから、政局が混迷を極めるウクライナだから起こったことではないはずだ。少年と少女は共に自分本位で、少しでも他者を思いやる気持ちがあれば違う結末になったのだろう。とは言え自分を見失い、コミュニケーション不能に陥ることの悲劇は、どこでも誰にでも起こり得ることで、他人事ではないから余計に不愉快に感じたのかもしれない。感傷を一切排除した冷徹な作品だが、人間の負の感情をかつてない映像表現で強烈に提示して見せた、挑戦的で挑発的な意欲作である。

▼作品情報▼
監督・脚本:ミロスラヴ・スラボシュビツキー
出演:グレゴリー・フェセンコ、ヤナ・ノヴィコヴァ
英題:The Tribe
製作:2014年/ウクライナ/132分/HD/カラー/1:2.39/字幕なし・手話のみ
配給:彩プロ/ミモザフィルムズ
公式サイト:http://thetribe.jp/
© GARMATA FILM PRODUCTION LLC, 2014 © UKRAINIAN STATE FILM AGENCY, 2014
4月18日(土)よりユーロスペース、新宿シネマカリテほかにて公開、全国順次ロードショー

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