『さいはてにて ~やさしい香りと待ちながら~』姜秀瓊 (チアン・ショウチョン)監督インタビュー
日本海に面した最果ての舟小屋で、東京からやってきた女性が一人で開いた焙煎珈琲店「ヨダカ珈琲」。向かいの民宿には、二人の子どもを抱えた若いシングルマザーが暮らしている。ある意志を持って最果ての地にやってきた女性と、そこで出会った寄る辺のない女性。『さいはてにて ~やさしい香りと待ちながら~』では、全くタイプの異なる女性二人の友情が描かれていく。
監督を任されたのは、台湾の姜秀瓊 (チアン・ショウチョン)。2011年の東京国際映画祭で上映された共同監督作『風に吹かれて―キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像』を記憶している映画ファンも多いのではないだろうか。楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)で女優デビュー後、同監督や侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の助監督などを務めてきた女性だ。“だから”とは言えないが、日本ののどかな風景を切り取りながらも、どこか台湾ニューシネマの匂いを感じさせる写実性重視の手法で、「ほっこり」「まったり」になりがちなテーマを引き締まった作品に仕上げている。
プロモーションのため来日した姜監督に、お話を伺った。
―最初にこの映画の監督オファーを受けた時のことを教えてください。
2010年の釜山国際映画祭で大久保忠幸プロデューサーからこの映画の話を聞きました。当時はまだ具体的に詰められてはいなくて、現実的になったのは翌年、ちょうど3月11日のことでした。東日本大震災が起こった日に大久保さんが台北にいらしていて、そこで監督のオファーを受けたんです。あんな大災害の後だったので頓挫してしまうのではないかという不安もありましたが、このプロジェクトを実現させることで日本と台湾の映画界の繋がりが深くなるのではという大久保さんの熱意に賛同し、お引き受けすることにしました。日本に来て撮らないかと言っていただいたことも、面白そうだと感じた理由の一つです。外国人の監督として、新鮮な視点で取り組めると思ったので。もし舞台が台湾だったらこれほど興味を惹かれなかったでしょう。台湾の都市と田舎は、東京と本作の舞台となった石川県珠洲市ほどの差は無いですし、距離もそれほど離れてはいませんから。
―オファーの時に、既に脚本はあったのですか?
まだなかったです。この映画は、プロデューサーが雑誌で、東京から故郷の珠洲に戻ってコーヒー店を始めた焙煎士の女性の話を読んだところから始まりました。私がお話をいただいた時に大体の枠組みは出来ていたのですが、日本人の脚本家に依頼して本格的に執筆が始まったのはその後です。上がった初稿を読んでから、珠洲へ主人公のモデル(※)を訪ねようと思いました。東京から珠洲の距離を感じたいと思い、一人で彼女を訪ねたのです。数日泊めていただき、舟小屋の珈琲店にもついて行きました。私は日本語が話せませんし、二人とも英語も十分ではないので、漢字を書きあったりジェスチャーでコミュニケーションしましたが、心さえあれば、どんな方法であっても理解しあうことができると思います。あの時の経験が撮影で随分役に立ちましたね。この映画を撮ることに自信を持つことができたので、東京に戻って再び脚本の推敲を始めました。
(※)珠洲市にある「二三味(にざみ)珈琲」オーナーの二三味葉子さん
―通訳も伴わずに本当にお一人で行かれたのですね。
滞在の最終日だけ通訳の方に来ていただきました。その時にいくつか大事な質問や技術的なことをお伺いしたんです。既に信頼関係ができていたので、脚本や珈琲豆についてなど、効率よくいろいろなことを訊くことができました。
―東京に戻って脚本を詰める段階で、日本人の脚本家と台湾人の監督の間では、やはり意見の相違などもあったのでは?
ありましたね。そのいくつかはやはり、日本の文化や日本人の反応についての事柄だったので、私はまず何でも受け入れる姿勢で理解していこうと努めました。珠洲を訪ねた前と後で、脚本の枠組みは何も変えていません。脚本の段階よりも、やはり撮影の段階で仕事上の習慣の違いを感じることはありました。でも、私はそれらをすべて日本と台湾の文化の違いとして括ろうとは思いません。個人個人、映画に対する考え方はみな違いますから。それに、今回はオファーいただいたお仕事だということもあるので、できるだけ日本の皆さんの意見を尊重し、まずは日本の文化に溶け込もうと思いました。その後で私自身のこの映画に対する特別な感情を探り出し、作品に反映していこうと試みました。
―少し前に佐々木希さんにお話を伺う機会があったのですが、監督について、しっかり向きあって役柄についても色々とお話してくださる方だとおっしゃっていました。俳優陣とのコミュニケーションで重視されたのはどんなところですか?
私が撮影で最も重視するのは俳優たち、つまりキャラクターです。キャラクターが活きるかどうかは俳優がどう動くかで決まるので、私は彼らのリアルな感情を一番大切にしています。今回細かい部分まで話しあった箇所もありますが、私はあくまで一つの形を提示しただけで、俳優たちには自分の呼吸で演じてほしいと思っていました。だから、私が話したのは、主にキャラクターの精神的な部分ですね。もちろん、段取りやリズム感など技術的な部分を指示することはしますが、そこから先は俳優たちが役に入り、リアルに、自然に演じてもらえればと思っていました。
―ロングショットの多用が印象的です。監督が考えるロングショットの魅力とは?
私は観客にリアリティある人の生き様を感じ取ってほしいので、なるべく芝居っぽさを排除したいと思いました。ですから、クローズアップなどを使ってシーンを強調したりしていません。この映画は、画面上は淡々と進んでいくように見えますが、感情を内に秘めた作品だと思っています。静かに味わっていただくと、登場人物の心の起伏が見えてくるでしょう。ですから、私がずっと俳優たちに言っていたのは「表情に捉われるな」ということ。表情を作らなくても、気持ちが出来ていれば見ている方にも伝わるからです。私がロングショットを使うのは、作品をテレビドラマのようにしたくないからですね。
―日本では、佐々木さん演じる絵里子のようなシングルマザーの貧困が深刻な社会問題にもなっています。台湾の状況はどうですか?
台湾では、絵里子のような境遇の場合、生まずに堕胎してしまうケースが多いですね。或いは、養子に出してしまいます。母親が若すぎて子供への責任を背負いきれないと考えた場合、早々に諦めてしまうのです。ですから、絵里子というキャラクターは社会的弱者であり、子供の世話も十分に出来てはいませんが、子供たちを愛し、努力をして働いている。たとえ心がまだ子供でも、彼女に出来得る全てをもって母親の務めを果たそうとする。内面はとても強い女性であり、そこが魅力なのだと思います。また、運命を受け入れ、それを背負って生きようとする姿は、永作博美さん演じる岬と相通ずる部分がありますよね。
―この作品には、男性があまり出てきませんね。女たちの物語になっています。
脚本の最初の段階からそういう構図になっていました。もともと、女性の映画、特に二人の女性の友情を描く映画にしたいと思っていたので。でも私は、脚本を練っていく段階で、この作品をただの女性映画ではないと思うようになりました。登場シーンは短いですが、男性が重要な役割を持っているのです。例えば岬の父親は、誰もが追い求め、帰りを待ちわびている対象として、この映画全体の一つの象徴でもあります。岬と絵里子、この二人の女性は、自分の人生に欠けているものとしてある男性の訪れを待っているのです。人生というのは完全に満たされるものではありません。でも、お互いに助けあい、頼りあっていくことで、温かさを見つけていくことは可能です。
―絵里子の交際相手役で永瀬正敏さん、岬に父親の失踪を告げる弁護士役でイッセー尾形さんが出演されています。お二人とも台湾映画への出演経験がありますが、起用の経緯は?
イッセーさんとは、『ヤンヤン 夏の思い出』(00)で一緒にお仕事をしたことがあるんです。当時からとても尊敬する俳優さんだったので、もし将来自分が監督をすることになったら、もう一度仕事がしたいと思っていました。まさかそれが日本映画になるとは思っていませんでしたが(笑)。彼の登場シーンはとても短いものですが、作品の始まりになるとても重要なシーンですし、クランクインのシーンでもありました。最初にイッセーさんと永作さんのシーンを撮れたことで、私も随分心を落ち着かせることができましたね。
永瀬正敏さんは、とても面白い方です。あの役には、なかなか合う俳優が見つかりませんでした。最後の最後で永瀬さんに決まったことは、私たちチームにとってサプライズでしたね。出番も多くないですし、しかも悪役です。永瀬さんにはとても感謝しています。悪い男の魅力と美しさを存分に発揮してくださいました。
―オファーは永瀬さんが『KANO 1931海の向こうの甲子園』を撮られた後だったのですか?
そうです。永瀬さんには、台湾映画に対して何か特別な思いがあるのだと思います。後から知ったのですが、永瀬さんも『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』に出演されているんです。残念ながらそのシーンはカットされたそうですが。ですからもともと、台湾の監督のプロジェクトに興味を持ってくださっているのかもしれませんね。
―日本の映画や俳優がアジアの市場に打って出る場合、台湾というのはその足場として魅力的だと思うのですが、今後の日台の映像分野の交流はもっと盛んになると予想されますか?
とても期待しています。今回の映画にも、そういった使命があると思っているんですよ。もしこの映画が成功例となれば、後に続く作品が出てくるでしょう。私は今回、日本映画を撮ったことでたくさんのことを学びましたし、今後は台湾の映画の優れた部分も日本に持ってくることが出来ればと思っています。私自身も、また日本の方々と一緒に作品を作るチャンスがあればと望んでいます。
―もし障壁があるとすれば、何でしょうか?
やはり仕事をする上での習慣の違いが大きいのではないでしょうか。でも、まず心をオープンにして互いに協力し、学びあうことができれば、良い結果がついてくると思います。それぞれがそれぞれの強みを持っていますから。
―近頃、カフェを舞台にした台湾映画が増えましたね。カフェ開業は、台湾である種の流行なのですか?
流行り始めてもう長いですよ。台湾にはカフェがとっても多いんです。十数年前の東京は、台湾ほどカフェがなかったですね。確か15年ほど前に『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)の仕事で日本に来た時、なかなかカフェが見つからずに難儀した記憶があります。今はたくさんありますけど。台湾には、カフェチェーンではなく、オーナーごとの個性が出た独立したカフェが多いですね。
―監督もよく行かれるのですか?
はい。学生の頃から、脚本を考えたりするときはカフェに通っていました。
―台湾を旅行しようという読者のために、もしお気に入りの店があれば教えてください。
自分の店でもいいですか(笑)?カフェではないのですが、台北で「珍珠」という茶館を開いているんです(Facebookページ:https://www.facebook.com/zenzoo.taipei)。お茶を中心に、日本風の食事もお出ししています。昨年の台湾金馬奨にこの映画が出品された際には、永作さんも来てくださったんですよ。
Profile of Chiang Hsiu-Chiung
1969年、台北生まれ。楊徳昌(エドワード・ヤン)監督『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)で女優デビュー後、同監督の作品に脚本や助監督として参加し映画作りを学ぶ。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の助監督を経て、短篇『跳格子』(08)で監督デビュー。金馬奨最優秀短篇賞、アジア太平洋映画祭最優秀短篇賞などを受賞した。2010年にはドキュメンタリー映画『風に吹かれて―キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像』を共同監督。同作は台北映画祭でグランプリ、最優秀編集賞、最優秀ドキュメンタリー賞を獲得し、「台湾で最も期待される監督」の一人に選出される。11年東京国際映画祭「アジアの風」部門に出品された。
<取材後記>
アジア映画に魅せられるきっかけとなった1本、『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』で張震(チャン・チェン)演じる主人公の姉を演じていた姜監督にお会いできるとあって、いつにも増してワクワクしながら向かった取材。ナチュラルで凛とした大人の女性だが、ご自身が経営される茶館について語った後に「宣伝っぽくてちょっと恥ずかしいわね(笑)。何なら書かなくてもいいわよ」と気にする様子は少女のようで、『さいはてにて~』の作風と同様、繊細さと強さが同居した素敵な方だった。もし台北を訪れることがあれば、「珍珠」をのぞいてみると姜監督の笑顔に会えるかも?!
▼作品情報▼
『さいはてにて ~やさしい香りと待ちながら~』
監督:姜秀瓊 (チアン・ショウチョン)
出演:永作博美、佐々木希、桜田ひより、保田盛凱清、臼田あさ美、イッセー尾形、村上淳、永瀬正敏(友情出演)、浅田美代子
配給:東映
2015年/日本/118分
(c)2015「さいはてにて」製作委員会
2月28日(土)より全国にて公開
公式HP http://www.saihatenite.com/