【TNLF】予想外な8月

カティ・オウティネンよりも予想外なもの。

予想外な8月『予想外な8月』は、さまざまな点で予想外な映画である。まず、主演のカティ・オウティネンが予想外である。かつて彼女は「あまりにカウリスマキ監督作品の印象が強すぎて、他の監督の作品ではまったく使ってもらえない」と語っていたことがあるだけに、他の監督作品での主演作というのは、存在しないのだと思っていた。しかもこの作品、ジャンルとしては、恋愛コメディである。もっともアキ・カウリスマキ作品でも、彼女はいつでも恋をし続けてきた。『パラダイスの夕暮れ』に始まる彼女の恋の数は、実に7回に及ぶ。こうなると、恋愛映画の達人である。しかし今回の恋は、その熱烈さが、それまでの映画とは違っていた。彼女が、チェコ人の恋人と別れたのが1938年。その後、第二次大戦、東西分断により、24年間も離れ離れになっての再会である。その間、独身を通し、女手一つで帽子店を経営してきた彼女。それだけの時を経過していても、ふたりの熱烈な恋は冷めてはいなかったのだ。

初めの場面こそ、いつものとおりの仏頂面で表れたカティ・オウティネンだったが、彼との再開後は、枯れ始めた花が、栄養剤の力で突然蘇ったかのように、生き生きとした表情を取り戻す。美しい金髪が自慢だった、というわけではないだろうけれど、帽子といえば、救世軍の制服(『過去のない男』)とヘルメット(『白い花びら』)くらいしか記憶にない彼女が、この作品では、エレガントにそれを着こなしている。次々とファッションショーのように、当時のトレンドの服を着こなすカティを見たことがあるか。こんなに笑う彼女を見たことがあるか。こんなに滑らかにしゃべる彼女を見たことがあるか。レコードのジャズに合わせて、のびやかに踊る彼女の姿を見たことがあるか。愛する男と同じベッドで、朝の光を浴びて目を覚ますなんて彼女を見たことがあるか!女優として、こんな役もやってみたかっただろうなぁと、想像する。

 時代は、1962年。国際平和祭。各国から代表が集まり、平和についての決意表明をする。代表団の中には、ミュージシャンたちが入っていて、それぞれのお国のコンサートが行われる。当時は、分断されていて行き来がなかった、東欧やソ連とアメリカの代表までもが、一同に会する。これも“予想外”のことであった。ただし、これは、ソ連のプロパガンダに過ぎず、アメリカ代表といっても、その中には、後にケネディを暗殺することになる、オズワルドが入っていたりするのが、“予想外”の笑いになっている。コメディとはいえ、この催し自体に、当時のフィンランドの置かれた立場が鮮明に写しだされている。かつて「バルト海の囚人」と言われたフィンランドは、冬戦争、継続戦争と、ソ連には再三苦しめられてきた。冷戦時代となっても、ソ連との相互援助条約が結ばされ、内政干渉が度々繰り返された。

それ故に、国際平和祭を開催する上での、お上の人たちのソ連への気の遣い方の滑稽さ、その笑いの中には、今だからこそ笑えるといったところが少なからずある。そういう意味では、筆者はこれをフィンランド版『三丁目の夕日』と呼びたい。今だからこそ、あの時代の苦労を忘れて、それでも未来を信じていた、あの時代を懐かしみたいと。しかし、本当にそれだけの映画なのだろうか。なぜなら、この作品の中で最も予想外だったことというのは、カティ・オウティネンではなく、恋人たち二人の再会でもなく、オズワルドがケネディを暗殺した本当の理由でもなく、大統領お抱えの占い師の「ソビエトが崩壊する」という予言だったのではないか、という気がするのである。そう考えると、「未来のことなんてわからない。今が大切でしょ」と、予言を心配する大統領に答える、カティ・オウティネンのこの台詞が、実は、作品の本質を語りつくしている。



▼作品情報▼
原題:Mieletön elokuu
英題:August Fools
監督:タル・マケラ(Taru Mäkelä)
出演:カティ・オウティネン、ミロスラフ・エツレル(Miroslav Etzler)
/ Elena Leeve/クリストフ・ハーデク(Krystof Hádek)/ラウラ・ビルン(Laura Birn)
/エスコ・サルミネン(Esko Salminen)
2013年/フィンランド・チェコ/100min


イベント、スケジュール等の詳細については公式サイトをご覧ください。

「北欧映画の一週間」
トーキョーノーザンライツフェスティバル 2015
会期: 2015年1月31日(土)~2月13日(金) ※音楽イベントは別途開催
会場: ユーロスペース、アップリンク 他
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:
 http://www.tnlf.jp/index.html
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(c)Chisato Tanaka

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