【TNLF】オスロ、8月31日

そこは、幸福に縛られる人々、疎外された人々を包みこむ街

オスロ1 冒頭、オスロの街の古い記憶の断片が、さまざまな人の言葉とフィルムで、綴られる。オリンピックに熱狂したこと。サッカーで仲間と盛り上がったこと。母親のアパートの思い出。初めてこの街に出てきたこと。幸せな思い出、寂しい思い出、悲しい思い出。それは郷愁というよりも哀愁であると、モノローグで呟かれる。懐かしさに浸るというよりは、寂しく物悲しい気持ち。8月31日、飛びきり素晴らしい夏が終わり、既に街は秋の気配に染まっている。やがてやってくる暗くて寒い長い冬。そんな北欧には、確かに哀愁という言葉がよく似合う。

麻薬依存症の療養施設に入所しているアンデッシュは、リハビリの一環として、就職の面接を受けにオスロにやってくる。旧友や元恋人の家を次々に訊ねる。この作品は、その24時間の出来事を追ったもの。原作は、ピエール・ドリュ=ラ=ロシェルの小説「ゆらめく炎」。ルイ・マル監督の『鬼火』(63)と同じである。『鬼火』は、主人公の疎外感、孤独、絶望を徹底的に描いた作品。本作は、ストーリー的には、それをそのままなぞるも、それだけにとどまらない。30代前半、才能があるというのに何も生み出せず、道を踏み外し、社会から疎外されたひとりの男。彼から見た幸福の定義、それに対しての疑問がここに投げかけられている。タイトルが「オスロ」となっているのは、オスロに暮らす人々が、もう一方の主人公だからだ。

永年の親友の家に訪ねれば、彼には、妻と子供がいて幸福そうである。学生時代には、ふたりで馬鹿なことをしたこともあっただろう。しかし、人は幸福を手に入れるためには、そんな自分を封印する。彼自身も「時々自分は何をやっているのだろう」という疑問を告白する。詩についての論文を書きたいと思っていても、それが叶わず、漫然と大学で講義する日々。論文は自分の生きがいであり、存在証明ではなかったのか。幸福を得るために、自分自身を縛らなくてはならないことの意味とはなんだろう。

パーティで再会した女性は、アンデッシュに告白する。8年間の結婚生活で、まだ子供がいないことへの苦しみを。周りはみんな子供が出来ているというのに、自分たちだけに出来ないのは、自分に原因があるのではないかと。ふたりの生活自体はうまく行っていて、とても幸せであるというのに不幸なのは、「結婚、出産」=「幸福」という世間の価値観に縛られているからに過ぎない。「お子さんはまだ」何気ない、決して悪気のないこの一言が、人に、孤独と疎外感を与えてしまう。

とても印象的なシーンがある。アンデッシュがカフェで時間をつぶし、周りの音に聞き耳を立てる場面だ。その中でも、パソコンを前に、友人に将来のさまざまな夢をしゃべり続けている女性は、この作品の要であると感じた。結婚したらこうしたい、ああしたい。宝くじに当たったらこうしたい。旅行に行きたい。人々の注目を集めたい。こんな家に住みたい。夢は生きていく上で大切なものだけれど、それに縛られると、人はかえって不幸になる。世間の幸福の価値観は、疎外された人たちを生みだす。そのことを象徴しているかのようである。

ノルウェーでは9月1日が、新学期の始まり。あるいは、新入社員が会社で働き始める。従って8月31日は、夏の終わりというだけでなく、古い生活に別れを告げる最後の日。もう冷た過ぎて、人が泳ぎにこない空っぽのプールで泳ぐ若い男女。それを見つめ穏やかに微笑むアンデッシュの顔は、何かが吹っ切れたようにさえ見える。穏やかな美しい朝の光が彼を包み込む。人生はいつか終わる。自分のいなくなった空っぽの部屋。この安らぎは一体何なのだろう。あくせくと駆けずり回り、物に執着し、幸福を追い求めずにはいられない自分と何なのだろうか。



▼作品情報▼
原題:Oslo, 31. August
英題:Oslo, August 31st
監督:ヨアキム・トリアー(Joachim Trier)
出演:Anders Danielsen Lie/ Hans Olav Brenner
Johanne Kjellevik Ledang/Ingrid Olava
2011年/ ノルウェー/96min/ノルウェー語
※ノルウェーアカデミー(アマンダ)賞最優秀監督賞、最優秀編集賞




イベント、スケジュール等の詳細については公式サイトをご覧ください。

「北欧映画の一週間」
トーキョーノーザンライツフェスティバル 2015
会期: 2015年1月31日(土)~2月13日(金) ※音楽イベントは別途開催
会場: ユーロスペース、アップリンク 他
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:
 http://www.tnlf.jp/index.html

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(c)Chisato Tanaka

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