【TNLF】湿地

小説では絶対に味わえない、アイスランドの風景に思うこと

※ストーリーそのものには触れていませんが、
ネタバレを気にされる方は、ご鑑賞後にお読み下さい。

湿地原作は世界的ベストセラーで、ハヤカワミステリマガジン「ミステリーが読みたい」堂々第1位に選ばれた、犯罪捜査官エーレンデュルシリーズの第3作『湿地』である。作者アーナルデュル・インドリダソンは本作とシリーズ4作目の『緑衣の女』で2年連続のガラスの鍵賞(スカンジナヴィア推理作家協会)受賞という快挙をなしとげたという。

 上映後に開かれた杉江松恋(すぎえ・まつこい)さんのトークショーにもあったが、アイスランドの人口は、32万人。新宿区程度ということになる。確かに知り合いも多いし、親戚もあちらこちらにいるというわけだ。この作品には、そうしたアイスランドの特徴が、とてもよく出ている。劇中、何の計画性もない突発的な殺人事件のことをアイスランド的殺人という言い方をしていたが、それとは異なるこの事件自体、それ以上にアイスランド的なものと言えるのかもしれない。

原作では、雨が常に降り続けているが、映画版ではそうはなっていない。結果、少しだけ重苦しい雰囲気が和らいだ感じがする。それと、この作品自体がベスト・セラーということもあるからか、すでに原作を読んでいる観客にも興味を持たせられるように、構造の改変がなされている。いわゆる謎解きの部分を犠牲にして、この作品全体に流れている社会的テーマのほうに、重心をシフトさせているのだ。それは、この国の親子の関係や、壊れた家族についてのことであり、またその血に纏わる問題である。逆にその分、本格派ミステリーを期待するむきには、少々物足りないところもあるだろう。

とはいえ、この作品の最大の魅力は、小説を読んだだけではとても想像することができない、アイスランドの風景である。望遠レンズで捉えられた、主人公の刑事のマンションのすぐ近くに迫る、高い山々。街を取り囲む、雪を山頂に抱いた寒々しい山々。道路の他何もない、画面いっぱいに広がる、湿った荒れ地。墓地のすぐ目の前まで迫る、冷たい色を投げかける波の荒い海。地下の底から吹き出す間欠泉。

都市部を一歩離れれば、こうした厳しい環境の中でも、人口密度の低いこの国のこと、一軒一軒の家はひどく離れていて、孤独が影を落とす。それでいて、人が少ないからこそ、刑事たちが聞きこみ捜査をして歩けば、すでにその噂はたちまち広がり、早く我が家にこないかしらと、楽しみに待っている“ご婦人”まで表れる始末である。どこでも、環境が生活に及ぼす影響は大きく、それが土地に住む人々の気質を作りだすものではあるが、アイスランドの人間関係もまた、こうしたものに由来することが感じられ、とても興味深い。

また、映画化されたことよって、作品のタイトル『湿地』の意味も、より具体性を増す。上空から捉えられた郊外の映像には、川が氾濫した後のようにあちこちに水が溢れていて、まるでスポンジのようになった大地の様子が写しだされている。これが、かつてのこの街の原風景なのだろうか。このような土地の、アパートの半地下に住むということは、貧しさを意味することに他ならない。湿気により、夏は蒸し暑く、冬にはカビが蔓延る生活を強いられるだろう。『湿地』とは、ここで殺された犠牲者の呪われた運命、地下で蠢くねずみのような彼の生活を、何より指し示しているのではなかろうか。



▼作品情報▼
原題:Mýrin
英題:Jar City
監督:バルタザール・コルマウクル(Baltasar Kormákur)
出演:イングヴァール・E・シーグルソン(Ingvar Eggert Sigurðsson)/Ágústa Eva Erlendsdóttir/Björn Hlynur Haraldsson/Ólafía Hrönn Jónsdóttir
2006年/アイスランド・デンマーク・ドイツ/93min/アイスランド語
※2006年アイスランドアカデミー(エッダ)賞最優秀作品賞ほか5冠



イベント、スケジュール等の詳細については公式サイトをご覧ください。

「北欧映画の一週間」
トーキョーノーザンライツフェスティバル 2015
会期: 2015年1月31日(土)~2月13日(金) ※音楽イベントは別途開催
会場: ユーロスペース、アップリンク 他
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:
 http://www.tnlf.jp/index.html

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(c)Chisato Tanaka

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