暮れ逢い
1912年、第一次世界大戦前夜のドイツ、鉄鋼業を営むホフマイスターは、心臓病を悪くし、自宅療養を余儀なくされていた。そこに孤児院出身で、出世欲と才覚に溢れた若者フリドリックが秘書として、屋敷に住みつくことになる。ホフマイスターの若き妻ロットとフリドリックは、やがて惹かれあうようになるが、触れ合うことは勿論、その思いを伝えることさえできずに、苦しい思いを抱いていく。
パトリス・ルコント監督の新作は、ストーリーを見てもわかるとおり、クラシックな味わいのある恋愛映画である。原作は、シュテファン・ツヴァイク。『グランド・ブダペスト・ホテル』がシュテファン・ツヴァイクの著作にインスパイアされたということが記憶に新しい。オーストリアのユダヤ系作家で、ナチスの台頭により亡命、最後は南米で妻と共に自殺する。彼の原作の映画化作品を観ると、ヨーロッパへの理想とロマンに燃え、失望し、見果てぬ夢と共に消えていったその人生が、染み出しているかのようである。
上司の若妻との禁じられた恋ゆえに禁欲的であり、言葉で思いを伝えられないゆえに、この作品はフランス映画にしては、会話も少ない。その分、小道具を使った細やかな演出により、彼らの気持ちが表現されている。ロットがフリドリックの部屋に飾る風景画、湖にぽつんと佇む白いガゼボ(西洋風あずまや)は、彼女自身であり、その孤独な心を表し、あるいは周りが水に囲まれていることによって、性的にも満たされない彼女の思いを写している。その思いを受け止めたいと願うフリドリックとそれを一番恐れる夫の気持ちが、好き嫌い正反対の反応を生んだとも言える。逆にホフマイスターが描かせた彼女の肖像画は、フリドリックに言わせれば、仮面を被っていて苛立たしいことになるのだが、夫にとっては、こうあってほしいという妻への願望が表れている。
ロットが弾くベートーヴェンのピアノソナタ第8番悲愴。それは彼女の悲しい過去を想起させ、夫は妻への愛をまた新たにする。一方そのピアノの音色に愛しさを強くしたフレドリックは、誰もいない部屋で、彼女の弾いた鍵盤に頬ずりをし、触れられない思いをそこにぶつける。その官能的なこと。あれほど好きだった彼女のピアノを止めさせた夫。その行為は、恐らくそのことに気がついたというだけでなく、妻からの愛に答えられない我が身への焦り、苛立ちが形を表した瞬間でもある。夫の妻への愛と、若者の情熱的な恋、その違いが鮮やかに描き分けられていて見事だ。
第一次大戦前、女性のファッションが、コルセットこそ取れたとはいえ、まだ多くの装飾が施され、活動的でシンプルな服装とはいえなかった時代。ロットの装飾的なドレスが作りだす柔らかな腰のライン、巻き毛がかかったうなじの官能美。フリドリックは彼女の後について階段を昇り、その美しさに魅了される。そこに、パトリス・ルコント監督らしいフェティシズムが溢れだす。戦後の彼女の服装は、シンプルに変わっており、もはやその官能はない。服装だけではない。女性は、現代とは比較にならないとはいえ、大戦前よりは自由になった。彼女自身の境遇の変化、そして社会、風俗の変化。熱に浮かされたかのように燃え上がった恋、それはそうした年月の変化に耐えうるのか。この作品は、敢えて禁欲的な時代背景における禁じられた恋という縛りを選択することにより、恋の官能につきその表現において、またその本質を掴むことについて、徹底的にこだわった作品であると言えよう。
▼作品データ▼
原題:Une promesse
監督・脚本: パトリス・ルコント
製作:オリビエ・デルボスク マルク・ミソニエ
原作: シュテファン・ツヴァイク
キャスト:レベッカ・ホール、アラン・リックマン、リチャード・マッデン、シャノン・ターベット
(2013年/フランス・ベルギー/98分)
配給:コムストック・グループ
公式サイト:http://www.kure-ai.com/
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※12月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー