先入観を取り払い、個人レベルで分かり合うことの意味:日中共同製作映画『真夜中の五分前』行定勲監督インタビュー

行定勲監督 オール上海ロケで撮影されたミステリータッチのラブストーリー『真夜中の五分前』がきょう12月27日(土)、日本公開初日を迎えた。
 本作は、数々のヒット作を手がけてきた行定勲監督がメガホンを取り、三浦春馬、中国の人気女優・劉詩詩(リウ・シーシー)、台湾の実力派俳優・張孝全(チャン・シャオチュアン)という、日本、中国、台湾の第一線で活躍する若手俳優がタッグを組んだことでも注目の日中共同製作映画だ。 
 ハリウッド大作が席巻するここ2~3年の中国映画市場では、日本人が監督、主演を務める作品が大々的に劇場公開されることは珍しく、今年は1本もないという状態。それにはもちろん日中関係の冷え込みも関係しているだろうが、観客の嗜好の違いなど、さまざまなハードルがそびえ立つ。その中国で本作は10月に約4,000スクリーンで公開され、好評を博している。
 制度や習慣が大きく異なる中国で映画を作るのは、困難極まりない作業に違いない。その壁を乗り越えて、作品として結実させた裏側にはどんな奮闘があったのか。興味深いエピソードの数々を行定監督にお話いただいた。


「真夜中の五分前」main
■両極に分かれた中国の観客の反応

―10月に公開された中国での観客の反応が気になったてSNSなどを注目して見ていましたが、繊細で含みのある演出を絶賛する声と、ドタバタコメディが好きな中国人らしく、展開がゆっくりでストーリーがよく理解できないという声の両極に評価が分かれていることが興味深かったです。

そうした反応は日本でもきっと同じですよね。

―中国では最近、より分かりやすいものを求める傾向が強くなったと感じます。

世界的にもそうですし、僕も特に中国では感じました。いくつか取材を受けましたが、記者もそんな感じですからね。真逆の意見に分かれている。

―観客を「育てる」と言ってしまうと上から目線にも聞こえますが、中国や台湾の監督に取材すると、「アート系映画を含め、色々な映画を受け入れてもらうには、まず色々な映画を観せて感じてもらわないと」と話される方もいらっしゃいます。

そうですね。でも、お客さんに映画を観てもらうという以前に、映画を作り上げるということが困難な時代になってるんですよね。作らないと観てもらえないわけですが、その当たり前のことがなかなか難しくなっているのかなという気がしています。要するに、このゆっくりしたテンポが時代に合っていないとなれば、そこでもう淘汰されちゃうんです。でも、それに甘んじていたら、そういう作品がなくなってしまいますよね。逆に作ることができたなら、今の時代にみんなが観ているものとは違うものになるわけですから、そこに1つの主張はありますよね。

―この作品は、7年間温められた企画だと伺いました。

「温めていた」というと語弊があるのですが、結果「7年かかった」ということですね。
もともとはオファーがあってスタートした企画だったのですが、成立しなかったんです。要するに、オファーしてきた側が求めている脚本を、僕たちが求めなかった、別のものを書いてしまった。そこで成立しなかったことがひっかかりになって、なぜ求められなかったのか、これを求められるよいうにするにはどうすればいいのかを、ずっと考えていたんです。でも、答えが見えたときには時代がすっかり変わってしまって、その土壌すらなくなっていた。だから、海外でやるしかなかったという流れです。どこか出資してくれる先と見つけようと台湾に行ったり、釜山国際映画祭に企画を出品したりした結果、見つかったプロデューサーが上海にいたということなんです。

■日本人の情緒を変えることなく撮る

―作品の舞台は上海です。合作映画でよくある「街の良さをアピールしたい」意図が透けて見えるような場所で決して撮影していないのに、しっかり上海の匂いを伝えていたロケーションの良さが印象的でした。撮影場所を決めるにあたってのこだわりは?

僕は上海が初めてだったので、いろいろな場所を見せてもらって、あとはある種嗅覚ですよね。主人公がどういう所に住んでいて、半径どれくらいの距離を日常としてクルクルまわっているのかという。もともとのシナリオで、日本でもやろうとしたことは、つまらない退屈な日常なんです。主人公は仕事をしている場所と、生活している場所をバイクか自転車で移動して、そしてプールに行って…それしかない日常を繰り返している。5分遅れた時計を持ちながら、人とは5分ずれた時間を、淡々と、規則正しく過ごしてるっていうのが僕のプランだったので、上海に行って気に入った道、気に入った場所をピックアップして、それを組み上げていったんです。

-中国側からロケ場所をプッシュされることはなかったのですか?

推さないよね。というか、ほとんどの場所が「撮影できない」「許可が下りてない」って言い方をする。だから、「そんなはずはないだろう」と尻を叩いて(笑)。
ただ、OKだった場所がダメになりましたということはよくあるので、第3候補ぐらいまでロケ場所の候補を作って、ダメだったら移動するというやり方で、なんとなく自分達でこういう所に行こうって決めていた感じでしたね。観光映画じゃないので、東京で撮っているのと変わらないように撮ろうと思っていました。

「真夜中の五分前」sub5―主人公・良は上海の古い路地・里弄(リーロン)に暮らしていますね。行定監督は昔の中国映画もお好きだと聞きましたが、そこに出てくるような古い下町のイメージなどもあったのですか?

そうなんです。でも、現在の話ですから、それをやっても仕方がないと思っていて。大切にしたのは、中国のスタッフ・キャストもいるなかで、日本人である自分の情緒を変えることなく撮るということ。相手の情緒に合わせたり、探ったりしても、分かりっこないですよね。こっちが作っている側、発信している側だから、自分の感情と情緒、そしてリズムみたいなものを大切にしながら、現場で起こることを受け止めて、必要に合わせて作り変えていくという感じでしたね。

■システムの違い…大切なのは「相手を知る」こと

―中国側のスタッフ・キャストとの意思の疎通は問題なかったですか?

やっぱり分かりにくかったです。お互いに譲り合っているものとか、言えない部分ってあるわけじゃないですか。真意が分からないから、憶測で考えれば考えるほど、もっとズレていく。お互いに探り合いながらやっていたので、微妙に遠回りした部分はあるかもしれません。

―仕事の進め方で、具体的に驚かれた違いはありますか?

おそらく、中国の人は統制的な発想で動くんですよ。例えば、チームのトップしか脚本を読んでいなくて、下は誰も読んでないんです。要するに、「俺が言ったことだけやっていればいいんだ」っていう上がいるんです。だから、その人が30分トイレに行って帰ってこないと、誰も動けないんですよ。下は何をやるのかも知らないから。日本では、絶対にそれはないです。全員が僕の言っていることを全部把握していますから。
中国が逆のやり方をするのは、“下克上”を許さない、統制のためでしょう。でも、それはそれで1つのシステムですよね。仮に「それしかしなくていい」って言うと、現場の動きは速いです。あっという間に、全員でガーッとやる。日本だと、「ちょっと待って。これとこれをやってから、○番目にやるね」という感じですよね。でも、中国の人は言われたことは早いんだけど、全体的には遅いです。「これやって」と言うと、そこにかかりっきりになるせいで、他が全部動いていない。日本人は満遍なく動いているので、「ちょっと待ってください」と言っても、全体としては絶対前に進んでるんですよ。

―結果として、いい関係を築けた手応えはありますか?

正直難しい部分もあったけど、不思議なもので映画は出来るんですよね(笑)。分かったことは、相手のことを知るのに時間がかかるんです。撮影を進めながら互いに知っていくことになるので、もめるんですね。腹を割れば分かりやすいものを、中国のメンツ社会が我々にとっては非常に煩わしいですし、やっぱり中国で映画を撮るのが難しいのは、そこなんだなと思います。台湾や香港だと、もっと合理的で、我々日本人と考えも近いと思う。
でも、彼らがいなければこの映画はなかったわけだし、すごく苦労したけど、中国のことも知ることができてよかったと思います。一緒に手を組んで「映画、よかったね」って喜び合いたいのに、わだかまりが出来てしまったりするのは哀しいことだし、そういうのは絶対良くないなと思いますね。
人と人とが分かり合うことが、まずすごく重要で。個人レベルでも分かり合えないのに、国レベルで分かり合えるはずがないと思いました。
「真夜中の五分前」sub6

■次は「台湾でも撮りたい」

―習慣の違う場所で相当なご苦労もあったようですが、また中国で何かプロジェクトがあればやってみたいというお考えは?

今回の経験で、やり方の1つとして何かは見つかったと思っているんです。最初にそれなりの製作費と製作期間を使っていいというような条件さえ合えば、中国で作る意味はあると思いますよ。中国自体悪い国じゃないですし、相手のやり方やペースを分かって付き合うしかない。そうしないと、上手くいきっこないですよね。ただ、時間を区切ってやるというのは無理ですね。スケジュールどおりには運ばないですし、こっちが疲弊しますから。

―中国に限らず、国際共同製作プロジェクトがあれば、今後も積極的にやっていかれますか?

それはもう、やっていきたいと思いますね。韓国(2010年『カメリア』)、中国で作ったので、次はやっぱり台湾でも撮りたいですね。台湾はすごく好きな所で、街自体に興味があるから、いつか撮りたいなと思います。

―台湾の楊徳昌(エドワード・ヤン)監督や侯孝賢(ホウ・シュオシェン)監督がお好きなんですよね。

はい、好きですね。あと、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)とかね。あの時代の台湾の監督たちに一番影響を受けてると思うんですよ。一番映画を面白いと思っていた時期に、彼らの映画から吸収したものが一番多かったと思うから。特に、ツァイ・ミンリャンが出てきたときはすごい衝撃でしたね。もちろんエドワード・ヤンもそうですし、ホウ・シャオシェンはもう巨匠だと思っています。

―アジアで国境を越えて映画を作ることの魅力は何だと思われますか?

アジアのほかの国のスタッフたちと作るにしても、僕の映画の作り方っていうのは、日本人の情緒というか、自分の見ている世界というか、それを場所を借りて撮ることなんです。例えば、それが中国であれば、中国で作られている映画とは違う魅力が見えてきたりすると思う。外国人が好むような場所でもなく、当たり前のようにある場所をなるべく撮りたいと思うし、そうすることで、自分を通じて世界は意外と繋がっているんだなということを知ることができるというか。
基本的に人間は、言葉が違ったり、外見が違ったりしても、そこに宿る感情は一緒だろうって感じるんですよね。そういう意味では、アジアは特に肌の色も似てるし、言語は違えど、雰囲気は共通してるものがあるじゃないですか。アジアがまず1つに繋がっていくっていうことを、たとえ映画とはいえ、実証できるかどうかという気持ちで作っています。今回は中国でしたけど、“近くて遠い国”だと思われがちな中国の方たちと手を組んでやったことが成立している映画を観てもらうことで、そう遠くもないんだっていうことを実証できたらという風に思います。

―違う国を知るために、映画などの映像作品は一番有効な方法かもしれませんね。

そうですね。知るモチベーションになるというかね。映画を観て、「ここに行ってみたい」と思えば行けるわけですよね。自分個人の先入観もあれば、色んなところからイメージを受け取っていることって多いでしょう?でも、自分が行動して知るということが、やっぱり一番確実なんですよ。映画がそのきっかけになるといいなと思いますね。

Profile of Isao Yukisada
1968年熊本県生まれ。岩井俊二監督の『Love Letter』(95)や『スワロウテイル』(96)などで助監督を務めた後、2000年『ひまわり』で、第5回釜山国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞。日本アカデミー賞最優秀監督賞などを受賞した『GO』(01)で一躍脚光を浴び、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)、『北の零年』(05)、『春の雪』(05)などの作品でヒットメーカーの地位を不動のものにする。以降も、『パレード』(10)、『円卓』(14)など良作を作り続ける。近年は舞台の演出にも精力的で、今年は「ブエノスアイレス午前零時」を上演。来年は、中井貴一主演で13年に手がけた「趣味の部屋」の再演が決まっている。


<取材後記>
企画段階からさまざまな壁を乗り越えて完成した『真夜中の五分前』。観終わった後に静かな余韻に浸って反芻したくなる作品で、派手なアクションや流行のコミックの映画化作品に食傷気味だった感覚がリセットされたように思えた。確かに、観客により積極的な思考を求める本作のような映画は企画として通りにくいのかもしれず、行定監督の「映画を作り上げるということが困難な時代」という言葉が重く響いた今回の取材。しかし同時に、その流れに迎合しない姿勢を垣間見て、監督の次回以降の作品に益々期待が膨らんだ。


▼作品情報▼
『真夜中の五分前』
監督=行定勲
原作=本多孝好『真夜中の五分前 five minutes to tomorrow side-A/side-B』(新潮文庫刊)
脚本=堀泉 杏
出演=三浦春馬、劉詩詩(リウ・シーシー)、張孝全(チャン・シャオチュアン)
配給=東映
(C)2014 “Five Minutes to Tomorrow” Film Partners

公式サイト http://mayonaka5.jp/
全国公開中


トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)