【FILMeX】クロコダイル(コンペティション)
11月30日に閉幕した第15回東京フィルメックス・コンペティション部門は、レベルの高い作品が集まったが、そのなかで見事に最優秀作品賞の栄冠を手にしたのはフィリピン映画『クロコダイル』だ。フィリピン南部の湿地帯に暮らすマノボ族の人々とワニを通して、自然と共生することの尊さと厳しさ、娘を失った母親の悲嘆と再生を、抒情豊かな映像表現で紡ぎ出した。
マノボ族の人々は、ワニが生息する湿地帯で主に漁で生計を立てている。劇中で語られる民話から察するに、彼らはワニを神聖なものと考えている。また、群生するホテイアオイ(映像を確認する限りではホテイアオイかその一種の水草だと思う)が美しい。そしてマノボ族の交通の足となるのは、ボート。ボートが水面を往来する様子を空撮で捉えた映像が自然の豊かさを湛えている。だが、その美しい水草の影や水中にはワニが潜む。自然とは常に恩恵と危険が表裏一体なのだ。
そんななか、ディヴィナ(『イロイロ ぬくもりの記憶』のアンジェリ・バヤニ)の娘がワニに襲われる。朝、学校へ送り出した娘が突然不慮の事故に巻き込まれ、命を落とすことになるとは思ってもみなかっただろう。我々日本人も東日本大震災や今年9月の御嶽山噴火での悲しい出来事などを通して、自然の恐ろしさを改めて痛感することとなったが、ディヴィナの嘆きも他人事には思えない。同時にワニが娘を襲った直後、まるで何事もなかったかのような沈黙がやけに気味悪く、自然を前に人間の命はあんなにあっけないものなのか、と無力感を覚える。自然の脅威を丁寧に映し出したところに、つくり手側の自然への敬意も感じられた。
全編を通してディヴィナ役のアンジェリの好演が光るが、白眉はディヴィナがワニの母親と邂逅するシーンだ。娘の仇とばかりに石を振りかざすディヴィナ、卵を守ろうと微動だにしないワニ。母親であることが共通項である二人(正確には一人と一匹だが・・・)が対峙したとき、そこで湧きあがった感情は、母性だったのだろう。ここでディヴィナが「目には目を、歯には歯を」のハンムラビ法典のような行為に及んでしまったら、母ワニの悲しみや怒りもいかばかりだろうか。彼女がここで踏みとどまったことで、彼女の母親としての矜持が守られたのだ。エンドロールの後の1シーンに、思わず安堵のため息を漏らし、自然と共生する者の覚悟に心震えた。
フィリピンの小さな部族の物語だが、家族を失った者の悲しみや自然への畏怖など、とても普遍的で大切なことが伝えられている。死者への最大の弔いは、「ワニ退治」よりもその人を忘れないことだ。本作は実話に基づいた作品だが、まさにその目的のためにつくられたという点も、深い余韻を残す。
▼作品情報▼
英題/原題:Crocodile / Bwaya
フィリピン / 2014 / 88分
監督・脚本:フランシス・セイビヤー・パション
出演:アンジェリ・バヤニ、カール・メディナ、R.S.フランシスコ、ジョリーナ・エスパーニャ
© TOKYO FILMeX 2014
▼第15回東京フィルメックス▼
期間:2014年11月22日(土)〜11月30日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2014/