【FILMeX】トーマス、マオ

現実と夢の摩訶不思議なコラボレーションのなかに、中国の多面性を見る

(第11回東京フィルメックス・コンペティション)
映画の冒頭、荘子の「胡蝶の夢」の故事が引用される。荘子が蝶になった夢を見ているのか、それとも蝶が荘子になった夢を見ているのか・・・。本作の随所に蝶の姿が現れるが、それが「胡蝶の夢」を象徴しているのだろう。現実と幻想が混じり合うのだが、心地よい空間に漂っているような感覚に陥った。それと同時に、中国が内包している様々な問題も垣間見え、なかなか興味深い作品だった。

舞台は2008年、北京オリンピック真っ最中の中国の内モンゴル。マオが経営している一軒家の民宿に西洋人トーマスが宿泊にやってくる。二人は数日間を共に過ごすが、マオは中国語しか、トーマスは英語しか話せず、当然だが会話が噛み合わない。その間に武侠映画風の男女のアクションシーンがあったり、突然UFOがやってきてライトセーバー(?)を持った宇宙人が小屋に乗り込んできたりと、果たしてどこまでが夢で、どこからが現実なのか、はっきりとした線引きができずに、奇妙な物語はゆったりと進んでいく。

マオとトーマスの間に生じる異文化のギャップは、見ていて笑いを誘う。だが埒のあかない会話を強引に中断させ、マオが自分の言うことを主張するために、トーマスを銃で威嚇する様子は、現在の中国外交の強硬姿勢と妙に重なるような気がしてならない。
また、マオと巡回中の騎兵隊の会話から、彼がすでにオリンピックが開催中であることを知らなかったことが窺える。オリンピックで盛り上がっているのは、北京を中心とする大都市部だけで、中国の経済成長から取り残されている内陸部の人にとって、オリンピックは無縁の存在なのか、とある種の切なさを感じる。その一方で、マオは中国が金メダル獲得数1位であることを誇りに思い、「中国万歳!」的に大喜びする様子には違和感を覚えてしまう。
さらに、マオは純血の外国産のシェパードを飼っていて、彼女(メスなので)をかわいがっているが、サカリのついた野良犬が彼女と交配しようとするのを断固阻止する。雑種の子犬が産まれたらとんでもない!というわけだ。中国人であることを大いに誇っている一方で、外国犬への深い愛情は外国(特に欧米)への憧憬を象徴しており、中国のいびつさを仄めかしている。

一発の銃声の後、舞台はがらっと一転する。同じ2008年のはずなのに、近代的なアトリエに、画家になったマオとトーマスがいる。今度の二人の会話は成立していて、互いを理解したような、友好的な姿を描いている。国際化が進んだ中国を示したかったのかもしれないし、西洋人と対等に亘り合える中国を表現したかったのかもしれない。そして、マオが故郷から連れてきたという男が登場し、彼は自分が宇宙人だと主張しているのに、マオは一切取り合わず、それだけはなく彼に向かって消火器を噴射するなど、ひどい仕打ちをする。まるで中国政府の少数民族や弱者に対する締め付けを見ているかのようで、いい気分にはなれなかった。

「胡蝶の夢」は、荘子が蝶になった夢を見たとしても、蝶が荘子になった夢を見たとしても、結局のところ、荘子と蝶は形のうえでは区別があるが、主体としての自分(荘子)には変わりはない、という話で結ばれている。内モンゴルで見せたマオの姿も、画家になったマオの姿も、どちらが現実で、どちらが幻想かと区別することは困難だが、ともにマオ自身であることに変わりはない。本作のマオの姿が中国そのものであると断言するのは危険だが、本作のチュウ・ウェン監督は、観客を摩訶不思議な世界へ引きこみつつ、多面的な表情を持っているのが中国である、と伝えたかった・・・と感じるのは、穿った見方であろうか。何らかの政治的意図を持った確信犯なのか、それとも純粋に幻想世界を提示したかっただけの天然なのか・・・。映画の内容と同様に、こちらの線引きも判断しがたい。

Text by:富田優子
オススメ度:★★★☆☆

製作国:中国、製作年:2010年、英題:Thomas Mao
監督・脚本:チュウ・ウェン
出演:マオ・イェン、トーマス・ローデワルド、ジン・ズー、グオ・ズー
(c) 特定非営利活動法人東京フィルメックス実行委員会

【第11回東京フィルメックス】
2010年11月20日(土)~11月28日(日)
有楽町朝日ホール、東劇、TOHOシネマズ日劇他にて
■一般お問合せ先
ハローダイヤル TEL:03-5777-8600(全日/8:00~22:00)
公式サイト

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