ストックホルムでワルツを
ビル・エヴァンスとの共演で、日本のジャズファンからはよく知られているモニカ・ゼタールンド。だが、名前と歌声は知ってはいても彼女が美貌と歌唱力と演技力をあわせ持つスウェーデンの大スターだった事や私生活の事は、ジャズファンの筆者も知らなかった。当時のジャズマンやジャズ評論家や文化人との華やかな関係の裏で、私生活に苦しみ本業でも苦労を重ねた事がよく分かる。ジャズヴォーカルの魅力と1人の女性の生き方が興味深い作品だ。
スウェーデンの田舎町で電話交換手の仕事をしているシングルマザーのモニカは、ジャズ歌手としての成功を夢見ながら時折ジャズクラブでステージに立っていた。しかし、子供の世話もせず夢ばかり追いかけるモニカをとがめる彼女の父親からは母親失格と言われ、関係は良くない。そんなある日、著名なジャズ評論家の誘いでニューヨークで唄う事になり、そこでも厳しい批判を受けてしまい落ち込むモニカだったが、母国で参加したバンドのメンバーから母国語(スウェーデン語)でジャズを歌えばとの助言を受け、それを機にモニカの夢が実現し始めていく・・・。
このところ、女性が自由であるべきというテーマのヒットが日本では続いている。映画では、ありのままにと唄う『アナと雪の女王』。歌では、今の自分でいい、信じる道を行きなさいというレディー・ガガの『ボーン・ディス・ウェイ』。ドラマでは、日本人と国際結婚する娘のエリーにパパが遺言で「どこでも好きな所へ行ってやりたい事をやりなさい。お前の人生はお前のもの、悔いなく生きなさい。」と伝えるNHK朝ドラの『マッサン』。男性である筆者は、現代の先進国日本でもこんなに女性は抑圧されていると感じているのだ、自由になりたいと願う気持ちが強いのだという事を恥ずかしながら知らなかったという思いを強くしている。そして、この『ストックホルムでワルツを』もそのテーマにつながる内容だと感じる。
自分がやりたい事を自由に選択し、それに向かって進むという事は実に大変で、熱い思いがなければ周囲との軋轢や生活の不安定や寝る間も惜しむ努力の継続に耐えられない。子供をほったらかし、数々の失敗もしてきたモニカがそれでも素晴らしいところは、ジャズ歌手として成功するために、女性でシングルマザーでジャズ(アメリカの黒人文化)の主流になり得ないヨーロッパの白人歌手で母国語が英語ではないという多くのハンデに臆する事なく、やりたい事を選択した事だと思う。やりたい事を積極的に行動に起こせば、当然傷つく事も失敗もある。でも、それは自由である事に伴う副作用であり甘受すべきものなのだと思う。自由とは、実は厳しいものなのだと。
この映画は一見女性にとってのメルヘンの様にも見える。娘をほったらかしても嫌われず、奔放な生活をしていても常にそばには優しい男性がいて、ジャズ歌手としても成功した。これをもし男性側から描いたら、浮気したり乱れた生活してるのに常に優しい妻が家庭を守ってくれて仕事も絶好調みたいなもので、それは男の妄想だよと言われるのは間違いないだろう。しかし、やりたい事を自由にやる人には、幸せも大きく、不幸も大きく返ってくるのだと思うので、モニカの幸せが大きいのも納得出来た。特に大きな選択をしてきた事のない筆者には幸せも不幸も小さいものしか返ってこないので、行動力があり、ダメなところも魅力的なところもいっぱいのモニカを見て実に羨ましいと思った。女性がこの映画を観て、モニカに魅力を感じるのか、それともダメな女性と感じるのかをぜひ聞いてみたいと思う。
主人公を演じたエッダ・マグナソンは来月に来日ライブを控えており、モニカ・ゼタールンドと同じく美貌と歌唱力を兼ね備えたエッダの姿を見る事が出来る。映画で使われたジャズの名曲を収めたサウンドトラックを合わせて楽しむのも良いだろう。
▼作品情報▼
監督:ペール・フライ
音楽:ペーター・ノーダール
キャスト:エッダ・マグナソン、スベリル・グドナソン、シェル・ベリィクヴィスト
2013年/スウェーデン/スウェーデン語、英語/カラー/シネマスコープ/111分
11月29日、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
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配給:ブロードメディア・スタジオ
公式サイト:http://stockholm-waltz.com/