【FILMeX】第15回東京フィルメックス開幕。
第15回東京フィルメックスが、11月22日、東京・有楽町朝日ホールにて開幕した。「厳選の25本の作品が集まるまでにはいくつものミラクルやサプライズがありました。諦めないでこの日を迎えられる喜びを今噛みしめております。9日間のミラクルやサプライズをご一緒しましょう」という林加奈子ディレクターの開会宣言でスタート。残念ながら審査委員長ジャ・ジャンクーは、本日はまだ来日できず、ビデオメッセージが流されたのみだったが、審査員として紹介された中村由紀子、柳島克己、柳島克己各氏いずれも、「これまで撮影されてなかった地域からの独創性のある作品に出会いたい。新進作家に出会えることを楽しみにしています」と、フィルメックスへの期待を表明した。
今年のオープニング作品は、林加奈子ディレクターが、どうしてもこの作品をオープニングで上映したかったという『野火』。オープニングセレモニーにつづいて、塚本晋也監督、出演者のリリー・フランキー、森優作、音楽の石川忠が登壇した。この作品で主演も務める塚本晋也監督は、「主演っていうとちょっと恥ずかしいですね」と照れながら、「本当は、この映画は、多くの人に観てもらいたかったので、出来れば著名な方に出ていただきたかったのです。けれども実際にこういう映画は非常に作りづらい状況になっています。最終的には、まったくお金がない状況から始めたので、自分とカメラ1台あればいいやという発想から、ひとりひとり協力者を集めて作りました」とその事情を説明した。
作品については「観終わって、みなさんゲンナリされるのは100%決まっています。暴力シーンがポイントでいくつかあるのですけれども、戦争が本当に始まればこんなものでは済まないということを、ぜひ観ていただきたい。暴力は映画の中だけでたくさん、という気持ちを込めて映画を作りました」とその意図を語った。「塚本監督の長年の思いが募ったこの映画が初めて日本で上映されることを嬉しく思っております」とリリー・フランキーが挨拶すれば、森優作は「その思いをどうか目に焼き付けて下さい」と観客にアピールした。
映画の上映後、盛大な拍手のなか、再び塚本晋也監督以下同じメンバーが登壇し、Q&Aが行われた。塚本監督は、この作品について実は、学生の時原作を読み衝撃を受け、30代の頃から映画にしようと思っていたという。
「10年くらい前に戦争体験者の方が80歳を過ぎている年代になったので、その方たちにインタビューをしたのです。小説プラス体験も聞かなければならないと思ったのですね。しかし、本格的に作ろうと思って、準備をしていたのですけれどもお金が集まらず、また10年が過ぎてしまった。しかし、戦争体験者が90代を過ぎて、戦争の痛みだとか、嫌だとか、そういう強い気持ちが消えるにしたがって、押さえつけられていたものが解き放たれ、残念なことに、戦争をしたいという気持ちのほうが頭角を現してきた。そのことに対して恐怖を強く感じたので、これは今作らないと、作るチャンスはもうなくなっちゃうのではないか、というようなことを感じたのです」
「日本人が被害者になって戦争の悲劇を伝えることは、とても大事なことだとは思うのですけれども、自分の場合は戦争に行くと、別に嫌いでも何でもない人を、面と向かったら殺してしまわなければならなくなるというような恐怖、被害者の目線というよりは加害者になっちゃう可能性があるという恐怖を描きたいなと思ったのです。そういう色々な思いが「野火」という小説一個の中に入っている気がしたのです」
『野火』は大岡昇平原作で、かつて市川崑監督が映画化したこともある作品だ。今回の塚本作品では、キリスト教信仰という作品のひとつ主題が取り払われている代わりに、現代の観客、特に若者層に「戦争の現実」といったものを訴えかけるよう、意識して作品が作られているようだ。映画の舞台が、どの場所で、いつ頃の出来事かを示すテロップが一切流されない。兵士たちの言葉遣いも当時のものというよりは、心なしか現代風になっている。この場所はもちろんレイテ島で、戦争末期であることは、有名な原作ゆえ自明ではあるのだが、それが別の場所、別の時代に置き換えられたとしても、構わないような自由さが確かにそこにある。
塚本監督は、そのことについて「小説の中では神様が2種類くらいの意味合いで出てくるのですけれども、キリスト教のことは全部省いちゃっています。小説では、人間の肉を食べるか食べないかということが、主人公がかつてキリスト教に傾倒したことがあるということによって、余計に葛藤があるのですけれども、その辺は映画では、あっさりさせましたね。ただ、どういう状態なら食べていいんだっていうところの境界の範囲が、そういうことを言っているうちに曖昧になっていく感じがあるので、だから食べちゃいけないんだって思うのです。僕の中では神様ではないのです。(※神様はいる気がしますが、無宗教という意味で…監督より補足コメントいただきました)映画としても、宗教のことを描くとすると、お客さんが限定されてしまうので、僕としてはもっと一般的な映画にしたかったという意味もあります」
南国の雄大な自然の中、戦闘と飢えで極限状態に追い詰められる人間たち。この作品には、戦争映画にありがちな英雄的行動もなく、人情も、友情もない。憎しみの気持ちさえ生まれない。ただ、生きるための本能だけが彼らを支配する。どこからともなく襲撃されて突然襲ってくる死。そこに敵の姿さえ見えることができない。一定のリズムを繰り返す劇中の音楽、打楽器のリズムは、寝ても覚めても止まることのない悪夢を想起させる。これは田村一等兵の目を通して見た戦争であると同時に、現代どこにでも起こりうる、いや現実に起こっている戦争の悪夢に他ならない。
リリー・フランキーは、この作品に出演したことをとても光栄だったと言い、また「この作品は、絶対に商業映画にできないテーマであると思いました。それゆえに塚本監督の、表現はこうであるべきということで、撮られて完成したことに対して、痛快さとかいうか、強さというのを感じましたね。これは原作がある話とはいえ、一番冒頭に、多分ほとんどの監督たちがするだろう状況説明をまったくしない。人の生き方とか精神とか戦争とか平和ということを、ご覧になった方のイマジネーションに委ねるんだという、その監督の潔さに感服しました」と、塚本監督を絶賛した。
最後に塚本監督は「来年7月25日にユーロスペースで公開が決まっているのですが、それと同時進行で北から南まで共感して下さった映画館の人と手を取りあって、やっていきたいと思っています。なんとか8月の終戦記念日までに大きく膨らませて、映画をなるべく多くの方に観てもらって、終わったあと喫茶店などで語っていたければと思っております」と、Q&Aを締めくくった。
▼作品情報▼
『野火』 Fires on the Plain / 野火
監督・脚本:塚本晋也
出演:塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森優作
音楽:石川忠
製作:海獣シアター
日本 / 2014 / 87分
© SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER
▼第15回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月22日(土)〜11月30日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2014/