世界が評価し、日本が忘れた漫画家の半生:『TATSUMI マンガに革命を起こした男』エリック・クー監督インタビュー

新メイン 世界に誇れるジャパン・カルチャーのひとつである漫画。しかし、この漫画の世界で重要な役割を果たし、国際的にも高く評価されながら、日本では広く名前を知られることのなかったクリエイターがいる。辰巳ヨシヒロ。もともと子供のものであった漫画を、よりリアルな大人向けの読み物「劇画」へと発展させて新しいジャンルを確立した人物だ。
 そんな辰巳ヨシヒロの自伝的漫画「劇画漂流」と代表的な短編5本を映像化した異色の映画『TATSUMI マンガに革命を起こした男』が11月15日(土)から公開される。
 日本人の記憶の端に追いやられた辰巳ヨシヒロの世界に光を当てたのは、シンガポールを代表する映画監督エリック・クー。高度経済成長期の日本で、底辺から社会を生々しく捉えた辰巳の作品群を、劇画のテイストそのままに、当時の日本の匂いまで感じ取れそうなほど忠実に映画化している。そんな本作から垣間見えるのは、クー監督の辰巳ヨシヒロに対する心からのリスペクト。来日した監督に辰巳作品への想いを伺った。


エリック・クー監督

エリック・クー監督

―クー監督の過去の作品からは、辰巳先生の作品にもよく似た、社会の流れに乗りきれない“生きづらさ”のようなものを感じます。

辰巳先生にこの映画化の交渉をする際、私の過去の作品を送って観ていただいたんです。そうしたら先生は、「まるで私の劇画のキャラクターが出ているようだ」とおっしゃったんですよ。“生きづらさ”という部分で、『My Magic』(08)に登場するマジシャンの父親に共感してくれたようでした。(同作は 第21回東京国際映画祭で上映)

―監督は若い頃に辰巳先生の作品に出会い、影響を受けたと聞いています。どんな部分にひかれたのですか?

例えばそれが小説家であっても、全ての作品を好きだと思えることは珍しいですよね。でも、辰巳先生の全ての作品に魅せられてしまったのです。ストーリーはもちろんですが、それぞれのキャラクターに肉づけがあって、ちゃんと意味を持っているところにひかれたのだと思います。
先生の作品に出会ったのは、私がまだ二十歳そこそこで自分のアイデンティティを模索していた時期だったので、本当に影響されましたね。だから私の短編を観ていただくと先生の影響が如実に現れていると思います。今まで先生から何かを受け取るばかりだったので、長編映画が撮れるようになった暁には作品で恩返ししたいと思っていました。やっとその時が来たなという感じです。

―映画化について交渉するため、初めて辰巳先生と会ったのは神保町の喫茶店だと聞いています。その時に積年の先生への想いを打ち明けられたのですか?

お話しました、ファンですから(笑)。「先生のアイディアに触発されました」ともお話しました。

サブD―今回、『TATSUMI マンガに革命を起こした男』で取り上げた短編5作品のチョイスは監督によるものですか?それとも、辰巳先生と相談されたのですか?

私がまず9本選び、それを先生にお伝えして、2人で5本に絞り込みました。

―最終的にどちらの主導で決まったのですか?

私としては2人合意のもとに…と言いたいのですが、先生は「みんな僕の子供だから、どの子がいいとは僕には言えない」とおっしゃったのです。逆に、ほかに追加した方がいい作品があるかとも聞くと、「君に任せるよ」と。先生はほんとうに自我を出さない謙虚な人です。作品のために生きることが、すなわち先生の生き方になっていて、平日は毎日決まってカフェに出かけ、そこで新聞を読み、周囲をさりげなく観察する。そうして、後はひたすら夜まで作品を描く。旅行などにも出かけないんですよね。
これは私が口にするのはどうかとも思うのですが、本当はもっと成功する道もあったのではと思います。でも、先生は迎合しなかったのです。

―劇中、辰巳先生ご本人のナレーションが入りますが、あの原稿はどなたが書いたのですか?

「自分の人生を語る文を書いてほしい」とお願いし、先生に用意していただきました。

―レコーディングもあっさりOKしてくださったのですか?

ノー!ご本人はイヤだとおっしゃったのですが、「参考にするだけです。本番は別の人にお願いしますから」とレコーディングさせていただきました。その“別の人”は探しませんでした(笑)。

―収録はどちらで?

シンガポールです。2009年9月に初めてお会いして、翌年1月にシンガポールまで来ていただいたんです。アニメーターたちに会ってもらうことが目的で、その機会にスタジオなどいろいろなものを見ていただき、ナレーションも収録しました。
サブC

―三男のクリストファーさんが本作の音楽を担当されています。

彼は今年17歳になったところですが、特に音楽学校に行きたいとも言いませんし、たぶん天性のものなんだと思います。私は脚本を書くとき、先に音楽がないとダメなのですが、彼に次の映画の構想を話すと、ささっと音楽を作ってしまいます。
『My Magic』もクリストファーが作曲していて、同作がカンヌでコンペ作品に選ばれたとき、当時10歳だった息子も一緒にレッドカーペットを歩きました。その時、息子が作ったメインテーマが流れたのですが、もう鳥肌が立ちましたね。現地で受けたインタビュー記事には「カンヌの最年少映画音楽家」と書かれていました。

―長男のエドワードさんも映画を撮られていますね。

エドワードは20歳で、今は兵役中です。兵役に行く前、彼が18歳くらいの時に撮った“Late Shift”という短編が釜山国際映画祭に出品されました。兵役中に撮った“Corners”という作品は、今年のショートショートフィルムフェスティバルのアジアインターナショナル部門に出品されています。
私は良いと思う映画があったら、息子たちと共有します。あれはおそらく長男が6歳か8歳くらいの時だったと思いますが、『プライベート・ライアン』の冒頭シーンのノルマンディー上陸の部分を見せたら、小さな息子のうちのひとりが「カメラも水に入って撮ってるんだね」と気づいたんです。今の子供たちは、インターネットでさまざまな映像を見てこうした勉強ができるので、映画学校に行かなくても映画が撮れる世代がどんどん出てくるのではないでしょうか。それがとても興味深いし、楽しみです。

Eric Khoo2―2人ともすごい才能ですね。息子さんの名前は、好きなクリエイターから取ったのだとか。

エドワードは画家のエドワード・ホッパーから、クリストファーはクシシュトフ・キェシロロフスキ監督(『トリコロール 三部作』)の名前から取りました。クリストフだと“まんま”なので、クリストファーに(笑)。あと、次男のジェームズはジェームズ・ディーン、四男のルーカスはジョージ・ルーカスからいただきました。

―2013年のカンヌでカメラドール(新人監督賞)を受賞した『イロイロ ぬくもりの記憶』のアンソニー・チェン監督はクー監督が設立した会社Zhao Wei Filmsに所属してらっしゃいますね。同社は他にも、ロイストン・タンやブー・ジュンフェンなど才能あるシンガポールの若手監督をバックアップしており、まるでクー監督がシンガポール映画の将来を担っているような気さえしてきます。

そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。私は短編映画を観るのが好きで、ポテンシャルを秘めた若い才能を見つけて、彼らが映画を撮れるようにしていきたいのです。若手は知らないことも多いですからね。映画製作ではマーケティングも考えなければいけないし、知っておかなければならない人物もいるでしょう?あと、若い監督は予算を抑えることも学ばなければなりませんね。短編を見て可能性を感じた人には、映画祭に出品するよう声をかけたりもします。
長編映画を撮るには、ある程度短編の実績がないとダメです。宿題をやっておくようなものですよ。今は携帯電話でも撮れるのですから、カメラがないから映画が作れないなんて言い訳は通用しないですよね。
サブA

Profile of Eric Khoo
1965年シンガポール生まれ。オーストラリアのシティアートインスティチュートで映画製作を学ぶ。兵役後、テレビCM製作の仕事をするかたわら、1990年ごろから短編映画作りをスタート。長編第1作目『Mee Pok Man』(96)が主要国際映画祭で上映され、注目を浴びる。続く『12 Stories』(97)はシンガポール映画として初めてカンヌ国際映画祭に正式出品され、ある視点部門で上映される。第3作目の『Be With Me』(05)はカンヌの監督週間でオープニング上映されたほか、アカデミー賞外国語映画賞のシンガポール代表に選出された。長編4作目となる『My Magic』(08)もカンヌのコンペティション部門に正式出品されている。2008年にはシンガポール大統領から文化勲章を、フランス政府から芸術文化勲章シュヴェリエを授与されている。


<取材後記>
世界的には手塚治虫と同等以上の評価を得ているという辰巳ヨシヒロ。漫画をこよなく愛する日本人自身が存在を知らないなんて、なんとも惜しい。辰巳が命を吹き込んだのは、いわゆる“勝者”になれなかった日陰の人々。その作品世界は、経済格差や社会的不安が広がる今の日本に生きる私たちの心にも強烈に響いてくるはずだ。
そんな辰巳ヨシヒロを私たちに再発見させてくれたエリック・クー監督は、愛する息子たちの話と、大好きなホラー映画の話になるとギアが一段上がってしまう気さくでお茶目なお人柄。彼が牽引するシンガポール映画の飛躍からも目が離せない。


▼作品情報▼
『TATSUMI マンガに革命を起こした男』
原題:TATSUMI
監督:エリック・クー
原作:辰巳ヨシヒロ「劇画漂流」(青林工藝社刊)
声の出演:別所哲也(一人六役)、辰巳ヨシヒロ
配給:スターサンズ
2011/シンガポール/96分/日本語
(c)ZHAO WEI FILMS

11月15日(土)より角川シネマ新宿ほか全国順次公開
公式HP http://tatsumi-movie.jp/

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