『紙の月』吉田大八 監督インタビュー:女性がひとりで戦う強さ、「それを表現できると思ったからこそ、宮沢りえさんに主演を依頼したのかも」

吉田大八監督  人気作家・角田光代の同名小説を映画化した『紙の月』。試写を観た映画・マスコミ関係者の評価も高く、10月の東京国際映画祭で主演の宮沢りえが最優秀女優賞に輝くなど、公開前から大きな関心を集めている作品だ。メガホンをとったのは、2012年『桐島、部活やめるってよ』で数多くの映画賞に輝いた吉田大八監督。『桐島、~』でも見せた原作小説の脚色・演出の巧さが本作でも遺憾なく発揮され、銀行に勤める平凡な主婦が巨額の横領に手を染めていく心情心理の変化を、映像として観客に伝えることに成功している。11月15日(土)からの公開を前に、吉田監督にお話を伺った。


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―『桐島、部活やめるってよ』でお話を伺った際、屋上で東出昌大さん演じる宏樹の顔に光がさす印象的なクライマックスについて、それは原作を読んだときに「ここを目指そう」と思われたシーンだとおっしゃっていました。今回の『紙の月』では、宮沢りえさん演じる梨花が走るという原作にはないシーンのインパクトが大きいですが、これも原作を読まれたときにイメージが浮んだのですか?

具体的なビジュアルイメージがあったわけではないのですが、ご指摘の『桐島、~』でいう屋上のシーンに当たるものということで言えば、今回は梨花が走るシーンをゴールにしようとまず決めました。

―監督は普段から小説などを読む際、映像化を仮定してイメージを膨らませることがよくあるタイプですか?

どうなんでしょう…でも、勝手に読み換えているというか、例えばちょっと時間をかけないと状況が分からないような描写があっても、わりと頭の中で勝手に作ってしまうようなところがあるかもしれないです。でも、『紙の月』は映像化のお話をいただいたときに読み始めたので、ちょっとイヤらしいですけど、そういう風に自分が読み換えたものが脚色するときの発想のベースになったりすることが経験的にあって、明らかに自分が読み違えているなと思っても、ちょっと放って置くというか。自分の中でどれぐらい極端な妄想が育つか期待していたところもありましたね。

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―隅(小林聡美)と相川(大島優子)という梨花の同僚行員2人が映画オリジナルの重要なキャラクターとして登場するなど、大胆なアレンジを加えられています。ストーリーを再構築する際、ここだけは押さえておこうと考えていたポイントはありますか?

もちろん原作と違うものを作るつもりはないので、自分の読後感の核にあった、“女性がひとりで何かと戦っている”というイメージを大事にして進めました。梨花には誰も味方がいないじゃないですか。脚色にしても、キャスティングにしても、梨花が“ひとりで立つ”“ひとりで走る”ということを突き詰めたときに、その“強さ”を表現できると思ったからこそ、宮沢さんに主演を依頼したのかもしれないですね。

―ほかに梨花という女性にどんなイメージを持たれましたか?

たまたま大学生の光太(池松壮亮)に出会い、銀行に勤めていたから横領に手を染めていきますけど、どこにいても、いずれはそうなっていく人なんだろうなっていうイメージを小説を読んだときに持ちました。この人の業(ごう)として、何を注いでも満たされないとか、何かから逃げ続けるとか、そういう部分を基本的に持っている人なんだろうなとは思いました。

―業という言葉で梨花について腑に落ちたような気がします。

そうですか。まあ、“業”で片付けてしまうのもちょっとイージーかもしれませんが…。でも確かに、それに気付きながらも見ないようにして生きるのか、ある程度向き合って折り合いをつけるのか、この映画が描いているのは、その直前の部分だと思うんですよね。その先として、業に食いつぶされる人もいるだろうし、上手く飼いならすようになる人もいるだろうし。でも結論として、梨花がこの映画の最後で楽になることはあり得ないという考えはありました。彼女が晴れ晴れとした顔で終わるというイメージはなかったですね。

―宮沢りえさんに演技の上で何かリクエストされたことはありますか?

撮影の前にはそれほど話していないです。そこは、宮沢さんから出てくるものをまず見たいというのがありましたから。どの現場でも、事前に俳優と役について詰めた話をしてから入ることはそんなに無いかもしれません。カメラの前でテストを重ねながら、その場でライブで形を作っていくほうが、自分にとっては正解だと思います。これまで、最初に「こうやろう」と話していても、実際動いてみたら全然違うことのほうが多かったので。

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―前回取材させていただいた時も「役者はナマモノだ」とおっしゃっていたのが印象に残っています。今作でも、例えば隅と相川という2人の同僚と対峙する銀行のシーンではキャリアも年代も違う女優3人が集まるのですから、現場ではまた予想外のことが起きるのでしょうね。

そうですね。自分が前もって準備した以上のものが見たくて現場に行っているところもありますから、事前に「こうしてください」という言い方はあんまりしないですね。ヒントくらいは提示しているのかもしれませんが。そういう意味で印象的だったのは、僕が撮影準備の間、実際に劇中で使うつもりはなかったんですけど、このヒロインのテーマ曲みたいな感じでシド・ヴィシャスの「マイ・ウェイ」をずっと聴いていたのを宮沢さんが誰かから聞いたらしいんです。それでロケが始まってすぐの頃、彼女も自分で探してその曲を聴いて、「あ、監督がやりたいことが分かった」って言ったんですよね。「何が分かったんだろう…?」という気持ちもなくはないけど(笑)、分かったと思ったんだったらそれでいいって思えたし、もうそれ以上は細かく話し合わなくても進めると確信できた気がします。きっと彼女の中では大きなきっかけだったんじゃないでしょうか。

―今作では、梨花を追い詰めるオリジナルキャラクターの隅の人物像が興味深く、強烈な理性で自分を抑制しているだけで、本当は梨花と紙一重のような感じがしました。彼女のキャラクターはどういう発想から生まれたのですか?

もちろん梨花がやっていることは犯罪なので、追い詰める存在がいたほうが当然面白いという理由で作ったキャラクターではあるのですが、それが単純な正義の代理人ではつまらないじゃないですか。何でもそうですが、最大の敵が一番の理解者であるほうが人の心って動くわけですよね。だから、犯罪をはさんで正反対にいる人間が、実は背中合わせだったというところまで辿り着ければいいと思って書かれた役だし、それは小林聡美さんも当然読んで分かっている。ちゃんとシナリオを読める俳優たちがいるという、そういう意味では本当に理想的な現場でした。

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―梨花が恋に落ちる大学生・光太を演じる池松壮亮さんは今年、立て続けに出演作が公開されて引く手あまたですね。言葉では上手く表現できない魅力のある役者さんだと感じますが、監督がご覧になる池松さんの魅力とは?

安易な言い方かもしれませんが、まさにそういう捕まえづらい感じ、目が離せないという感じじゃないですかね。現場で何が出てくるか予想がつかないので、池松くんの光太が梨花の前でどんな顔をして、結果梨花からどういう表情を引き出すのかを見たい、っていう。

―今年公開された映画の中では、「こうあるべき」という固定観念を打ち崩して、「ありのまま」を肯定するという気分を感じる作品が目立った気がします。それは『紙の月』にも通ずる要素だと思うのですが、監督はそんな世の中の“気分”を実感されたことは?また、この作品が観る側にどう伝わればいいと考えられますか?

作品がどう伝わればいいかはあまり考えないですね。僕の理想としては、予想もしなかったような受け取られ方をされたい。しかもいろいろなバリエーションで。もちろんたくさん誉められたいですけど、けなされるとしても、できるだけ多様な言われ方で否定されたい。肯定も否定も、できるだけ種類が多いほど、自分のなかでは嬉しいですね。
だから、梨花のキャラクターが今年の表現のトレンドに沿っているかどうかというのは、僕が考えるというより、受け手がどう整理するかの問題。それもまた、自分にとっては映画を作った意味のひとつになる気がしますね。

Profile
1963年生まれ、鹿児島県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、CM制作会社に入社しCMディレクターとして活躍。2007年、第60回カンヌ国際映画祭批評家週間に招待された『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で映画監督デビュー。その後『クヒオ大佐』(09)や『パーマネント野ばら』(10)を監督。4作目の『桐島、部活やめるってよ』で第36回日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ数々の賞に輝いた。


<取材後記>
世の中で「悪いこと」だと言われている事柄を、骨の髄から悪事であると感じている人は一体どのくらいいるのだろう?幸い理性に抑えられて平穏無事に生活できてしまっているが、『紙の月』の梨花の潔い堕ちっぷりには、「ブラボー!」とある種の羨望と爽快感を覚えてしまう(そんな私もあなたも、いつだって梨花の共犯者になり得る可能性を秘めている)。話に上がったシド・ヴィシャスの「マイ・ウェイ」。取材後改めて聴いてみると、その清々しいまでの軽薄さに、フィーリングでこれを選び取ってしまう吉田大八監督はやはり只者ではないと思わずにいられなかった。


▼作品情報▼
『紙の月』
監督:吉田大八
脚本:早船歌江子
原作:角田光代「紙の月」(ハルキ文庫刊)
出演:宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、小林聡美
配給:松竹
2014年/日本/126分
©2014「紙の月」製作委員会

11月15日(土)より全国公開
公式HP http://www.kaminotsuki.jp/

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