【TIFF】草原の実験:アレクサンドル・コット監督記者会見
『草原の実験』のアレクサンドル・コット監督の記者会見が、10月30日行われた。「帰国したら、東京国際映画祭に招いていただいた事、この幸せな気持ちを必ず伝えたいです」と冒頭で述べていた監督、その翌日作品が、最優秀芸術貢献賞を見事受賞し、その喜びは格別なものであったことだろう。
広大な草原地帯。父と美しく優しい娘が、静かで平和な日々を送っている。そんな娘に、ふたりの青年が恋をする。その三角関係を追ったこの作品には、セリフがない。しかもそれが不自然ではないという、不思議な映画である。一体この作品の脚本はどのようになっているのだろうか。
「脚本に、セリフがない。こうしたものを書くときには2つのアプローチがあります。
1番目としては、脚本を書いてそのとおり撮ること、2番目としては、シーンを思い描いてそれを書くことなのですが、私は2番目のやり方で書きました。いわゆる本来の意味での脚本は、ほとんどなかったと言ってもいいです。わずか3ページくらいの紙に、シーンごとにそれがどういったものであるかを書いて、それを元に撮影しました。状況が書いてあるものを見て、俳優たちは演技をしていました」
この作品では、セリフがないのに、それぞれの登場人物たちの言いたいことがきっちりと伝わってくる。決してサイレント映画のようなパントマイムをしていないにも関わらず、むしろごく自然に振舞っているというのに、彼らの気持ちが伝わってくる。そこにどのような苦労があったのだろうか。
「セリフのある映画でしたら、何を言いたいのかをセリフで説明することが出来ます。それができない今回の映画では、表情豊かな人を選びました。ただ表情豊かというだけでなく、何を言いたいか、顔を見ればわかるような表情を持った人です。ですから、一番難しかったのは、撮影ではなく、編集でした。ヒロインがプロの女優さんではありません。彼女は14歳なのですけれども、彼女が演技をしようとすると不自然になって、私が狙っていたものと別の映画になってしまいます。そのため、なるべく演じようとしていない表情を切りだして、編集でそれを繋げました」
このような大胆な作品は、一体どのようにして生まれてきたのだろうか。また、監督に何かインスピレーションを与えた作品があるのだろうか。
「影響を受けた人を、3人あげることができます。1人目は、オランダのヨス・スティリング監督です。『イリュージョニスト』(83)や『ポインツマン』(86)を撮った人です。彼は、30年代のサイレント時代のやり方ではなくて、現代のやり方でも、台詞無しですべてが表現できるという可能性を私に示してくれました。2人目はメル・ギブスンの『アポカリプト』(06)です。これは、コロンブスに発見される前のアメリカを描いた作品です。最初に、美しい女性を巡って、部族同士の争いが描かれます。そしてその部族の人たちが争う中、海岸に走って行くのですが、その時水平線のほうに、アメリカを征服するためにやってきた、コロンブスの船が小さく見えるわけです。つまりこれまでの争いというのは、コロンブスがやってきたこと較べればたいしたことがなった、ということを象徴しています。そして3人目が新藤兼人監督『裸の島』です」
草原の中にポツンと建つ一軒家。キャメラはその一軒家を様々な角度から写し取る。風に揺れるカーテン、はためく旗、そして砂を舞い上げ家に叩きつけるような風。大地に降り注ぐ雨、宇宙のような暗闇の中に、光る稲妻。そして落雷にあい、一瞬で燃え上がる庭の一本の木。近距離からだけでなく、時に俯瞰で、時に遠景から大胆に対象物に焦点を合わす。シネスコサイズの映像が、誠にダイナミックだ。
「確かに私の映画では、映像が重要な役割を果たしております。ですから撮影監督、美術監督とは長いこと話し合いをしました。スマホであるとか、パソコン、テレビで観るといったことはまったく考えずに、映画館で観るお客さんのために、こういった手法を取りました」
「あと、撮影する時にフィルムを使うか、デジタルを使うかで、選択肢があったのですけれども、撮影監督はデジタルで撮ってもフィルターを使えば、フィルムで撮ったものとそれほど変わらないだろうと言って、私たちを説得しました。それと、ソ連時代に描かれた絵画のイメージをいくつか使っています。例えばヒロインが、赤いスカーフを被って出て行くシーンがあるのですが、それはキルギスの「コムソモールの少女」をモチーフにしています」
「もうひとつ気を使った点は、編集の際になるべく色を修正しないということでした。自然をありのままの姿で撮影しようと、努めました。私たち3人が一番揉めてしまったのが、ラストシーンの色でした。ここでは“それ”をどのような色にするか、大変気を使いました。一歩間違えるとアニメのようになってしまいます。もう少し赤めにしたほうが良いとか、青みを強くするとか、そういった点で揉めたのです。現実に近いものになるように、また“それ”をアメリカ人が撮っていたような、美しい映像にならないように努めました」
(※ネタバレになるので、それが何であるかについては、伏せてあります)
▼作品情報▼
原題:ISPYTANIE
英題:Test
監督/脚本 : アレクサンドル・コット
出演:エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒン、
カリーム・パカチャコーフ、
ナリンマン・ベクブラートフーアレシェフ
© Igor Tolstunov’s Film Production Company
96分 Color | 2014年 ロシア |
【第27回東京国際映画祭】
開催期間:2014年10月23日(木)〜10月31日(金)の9日間
会場:六本木ヒルズ、TOHOシネマズ日本橋、歌舞伎座
公式サイト: http://www.tiff-jp.net