【FILMeX_2010】「夏のない年」α波が満ちる、目に耳に美しい幻想詩

(第11回東京フィルメックス・コンペティション作品)
マレー半島東海岸の漁村が舞台。2006年、デビュー作『愛は一切に勝つ』でいきなり世界の映画祭でグランプリを連続受賞したタン・チュイムイ監督作品。故郷に帰ってきた人気歌手アザムと彼の親友アリ、そしてアリの妻ミラの3人が島に夜釣りに出かける現在と、30年前の主人公たちの少年時代を描いている。
興味深いのは、過去の回想であるはずの後半のパートは、まるで現在進行形のようなリアルで鮮明な映像であるのに対し、前半パートは夜の海でのシーンが大半を占めるためか幻想を見ているような気分になる点だ。総じて暗いけれど海の群青に月明かりの色が溶け出して、どのシーンも隅々まで美しい。何だか印象派の絵画を見ているようでもある。
音楽が用いられることはほとんどない。聞こえるのは、夜の海の穏やかな波の音や舟を漕ぐ音、森の木々を掻き分ける音…前半は幻想的で静謐な映像も相まって、スクリーンの中だけでなく、客席の側でもコックリと舟を漕いでいる姿を何艘か…見つけた。
ストーリーは詩的な印象をたたえたままラストを迎える。パッとスクリーンが暗くなったとき(お決まりの終わりのサイン)「いや、待て!」と、前のめった観客は私だけではないだろう。映画に置いてけぼりを食らったような気分でいたが、上映後Q&Aに答えてくれた、本作でサウンド・デザイナーを務めたピート・テオ氏が言うには、これはタン監督の故郷である村で、彼女の子供時代についての追想を撮ったのだ、というが…正直なところタイトルの意図が明確でなく、マレー系民族の生活、文化一般に関する知識の下地がない多くの観客からすれば、多少の消化不良が生じるのは致し方ない。
恥ずかしながらマレーシア映画を鑑賞したのは何年か前のTIFFでの『砂利の道』以来となるが、これはマレーシアのゴム園で働くインド系の人々の物語だった。マレーシアは東南アジアにおいてシンガポールと並んで経済発展が著しい国であると同時に複雑な民族構成からなる国でもあり、その民族間での経済格差が大きいと聞く。また、多数派であるマレー系への優遇から、マレーシア語以外で撮られた映画に対しては国から援助が得られず、限られた予算で製作せざるを得ない状況にあるようだ。マレーシア映画界の代表的存在でもあったヤスミン・アフマド監督が若くして急逝し、昨年のTIFFにおいて追悼上映が行われたのは記憶に新しい。アフマド監督に続き、これからの活躍が大いに期待されるタン監督のメッセージも是非聞きたいものだ。個人的にはタイトルの意味についての言及があるのか、興味があるけれど…ピート・テオ氏&タン監督によるQ&Aは、24日の上映終了後に行われる予定。
text by:大坪加奈
おすすめ度★★★☆☆
製作国:マレーシア 製作年:2010年 英題:Year Without A Summer
監督:タン・チュイムイ
(c) 特定非営利活動法人東京フィルメックス実行委員会

【第11回東京フィルメックス】
2010年11月20日(土)~11月28日(日)
有楽町朝日ホール、東劇、TOHOシネマズ日劇他にて
■一般お問合せ先
ハローダイヤル TEL:03-5777-8600(全日/8:00~22:00)
公式サイト:第11回東京フィルメックス

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