『祝宴!シェフ』陳玉勲(チェン・ユーシュン)監督インタビュー:映画作りは料理と同じ 「観客の好みに合わせて作ることが好き」

ChenYuxun 1990年代、『熱帯魚』『ラブゴーゴー』で“台湾ニューシネマ”を担う一人としてその名を知らしめた台湾の陳玉勲(チェン・ユーシュン)監督。その後、長らくCM業界に活躍の場を移して映画制作から遠ざかっていたが、実に16年ぶりとなる長編映画『祝宴!シェフ』で完全復活を果たした。
 『祝宴!シェフ』が描くのは、「総舗師」(ツォンポーサイ)と呼ばれる台湾伝統の宴席料理人の世界。コメディを得意とするチェン監督の手腕は年月を経て衰えるどころかより一層冴えわたり、一癖も二癖もあるキャラクターたちの掛け合いとハッピーな余韻が楽しめる本作は、2003年に台湾で公開されて大ヒットを記録した。
 11月1日(土)の日本公開を控え、PRのため陳監督が来日。作品の裏側はもちろん、長年映画界を離れた理由、最近の台湾映画市場の状況に至るまで、たっぷり語っていただいた。


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―16年ぶりの長編映画となりましたが、再び映画界に戻ろうと思った理由は?

16年前は台湾映画界が不景気で、努力して作品を撮っても誰も観に来てくれないという思いがありました。そうして私はCM界に移ったわけですが、あっという間に16年も経ってしまいました。当初は本当に映画はもうやりたくないと思っていましたが、49歳になってから、二度と撮らないのは惜しいという気持ちになりました。台湾映画界の状況もどんどん好転していき、興行収入も伸び始めると心が揺らぎましたね。他の監督が撮っているのを見て我慢できなくなり、人生あっという間ですから、今を大切にして映画を撮ろうと決めたんです。

―宴席料理人をテーマに選んだ理由は?

ずっと料理をテーマにしたものを撮りたかったのです。料理にまつわるCMをたくさん撮ってきましたし、私も食べることが大好きですから。実は、2~3年前にコメディタッチの武侠映画を大陸で撮るという企画もあったのですが、資金不足で頓挫していました。時間を無駄にしてしまったことが悔しくて、急いで1本撮らなければと思ったときに、頭に浮んだテーマが「辧桌」(バンド:屋外にテーブルを出して行う宴席のこと)の文化と料理だったんです。

―ここ数年、台湾の観客は台湾の文化を反映させた映画を好むようになってきたと言われていますが、今回のテーマもその傾向を意識したのでしょうか?

そうですね。台湾の観客は自分たちの生活に関係のある台湾映画を好んで見るようになりましたから、「辧桌」にも親しみを感じてもらえると考えました。遅かれ早かれ誰かが撮る題材だと思ったので、急いで取りかかりました。

-「辧桌」というのは、台湾の若者にも馴染みのあるものなのですか?

あまり知らないでしょうね。都会にはたくさんテーブルを並べる土地もありませんし、もう見られなくなった文化です。特に台北では「辧桌」で並ぶ料理を食べたことがない若者もいるでしょう。田舎や台湾南部に行けばまだ残っていますが、昔ほどではありません。「総舗師」という言葉も聞いたことがないでしょうし、何のことだか分からないと思います。ですから、余計にこの映画を作ることで「辧桌」の文化を知ってほしいと思ったんです。

―本作の大ヒットを受けて、「辧桌」が再び注目されたのではありませんか?

そうなんです。映画のおかげで再びブームになり、忘年会に「総舗師」を招いて「辧桌」を行う企業が増えました。料理人は私に会うと感謝してくれます(笑)。

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―以前台湾で受けられたインタビューで、監督が「映画を撮るのも『辧桌』と同じ。観客のためにサービスして喜ばせることだ」とおっしゃっているのを読みました。過度に観客の好みに迎合すると、作品のクリエイティビティや価値を見失い、映画が面白くないものに成り下がる恐れもあると思うのですが、マーケティングとクリエイティビティのバランスについてどう考えていますか?

私は観客の好みに合わせて作品を作ることが好きなんですよ。料理と同じで、食べた人に喜んでもらいたい。それに、お客の好みに合わせれば商売繁盛ですからね。ただ、大切なのは心をこめて作ることです。観客が好みそうな大衆映画を作ったとしても、必ずオリジナリティを加えていかないと、他の監督の二番煎じで作り続けたって面白くありませんから。料理だって、お客の好みに合わせつつ、変化を加えていくでしょう?

―なぜ今の質問をしたかというと、今年やはり来日された蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督が、マーケットバリューに支配されている映画界のあり方に疑問を呈しておられたので、陳監督のご意見も聞いてみたいと思ったからです。

蔡監督は私にとって恩師の一人です(陳監督は、蔡監督の初期作品でスクリプターとしてキャリアをスタートさせている)。彼も最初のころは大衆映画を撮っていましたが、その後、独自の芸術路線を歩むようになりました。私は今の台湾の映画市場はなかなか良好だと思っているんですよ。実はアートフィルムの観客もちゃんと存在しています。商業映画の存在というのは非常に大事で、もし商業映画で観客を映画館に引っ張ってこられなければ、十年前のように映画業界が低迷してしまいます。アートフィルムを観る観客だっていなくなりますよね。まずは映画館に足を運ばせ、観客を育成すれば、アートフィルムを観る人も増えてくると考えています。

―陳監督は台湾映画の未来を楽観していますか?

台湾のマーケットは決して大きくありません。この映画は一昔前では考えられなかった興行成績を上げました。もう観客は獲得していますから、次にカギになるのは、どうやって映画をイノベーションしていくかということですね。作品の質が落ちるとせっかく獲得した観客もすぐに失ってしまいます。台湾は商業映画を非常に必要としていますが、それは誠実で質の良い作品でないといけません。

―CMの世界に身を置いたことで、自身の映画作りの手法において一番変わったと思う部分はどこですか?

CMの経験は私にとって大きいですね。ここ十数年ずっと撮り続けてきましたから、私の映像表現はかなりCM寄りになっています。でも、『祝宴!シェフ』はコメディなので、その方法は正解だと思うのです。CMでも笑える作品をたくさん手がけてきたので、そこで培ったコミカルでデフォルメされたキャラクター描写の手法を今作でも使いました。この作品ではリアリティは重要でないので、自由でクレイジーに遊びたいと思ったんです。中にはそれを受け入れられない観客もいるかもしれませんが、今後もこの調子で遊び心を持って撮り続けたいですね。

―可愛らしいインテリアや壁画も印象的でした。美術面でのこだわりは?

まず、色使いです。台湾人の生き生きとした面を表現したかったので、カラフルな色使いにしました。台湾の人は色の使い方がちょっと保守的で、思い切ってさまざまな色を使おうとしません。本当は明るくて温かい人が多いので、そんな一面を豊かな色彩で表現したいと思いました。

―台湾は気候も暖かく、色とりどりのフルーツも豊かに実る土地柄なのに、それは意外ですね。色の使い方が保守的だというののは何か原因があるのでしょうか?

奇妙ですよね。色を使うトレーニングが足りないのだと思います。子供の頃から美術関係の教育を受ける機会が少ないですし、鮮やかな色を使うとなんだかクレイジーでおかしな人に見られるという考えがあるようです。

―ポップな壁画が印象的でしたが、あれは特定のアーティストが描いたものなのですか?

いろいろな資料をもとに、美術チームの数人で描きました。地下道の壁画には、1ヵ月以上費やしています。実は、洪通(ホン・トン)という台湾で有名な素人画家の絵を使いたかったのですが、既に亡くなっている人なのでいろいろと難しく、諦めました。洪通の作品は、絵画の教育をまったく受けていないのに、とても美しく、童心のまま描いたような絵なんですよ。最終的に、異なるスタイルのさまざまな絵の資料を参考にして仕上げました。

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―監督はいつも太った女性をメインキャラクターにされますが、なぜですか?また、彼女たちをとてもキュートに描かれていますが、容貌に自信が持てない世の女性に、どうすれば自分の魅力を上手く表現できるのか、アドバイスをいただけませんか?

それはだぶん、私が太った女性を可愛いらしいと思っているからですね(笑)。私のまわりには食べることが大好きでぽっちゃりした女性が多く、みんな明るくて可愛らしいんですよ。恋愛については自信がないのに、美味しいものを前にすると嬉しそうなんです(笑)。太っていても、自信を持つことが一番大事。自信を持っている人は見ていて気持ちがいいですし、体型に関係なく魅力的です。

―男性陣も、いわゆる“イケメン俳優”はほとんど起用されませんね。

本作の楊祐寧(トニー・ヤン)がこれまでで一番のイケメンといえますね(笑)。観客には、登場人物が友達であったり、または自分自身であるかのように感じてほしいと思っているので、美男美女を使うと距離が開くような気がするんです。とりわけコメディでは、この距離感は無いほうがいいと思っています。

―コメディを撮り続けてらっしゃいますが、違うタイプの作品、例えばシリアスな社会派ドラマなどを手がけたいと思うことはないですか?

あります、あります。あらゆるタイプの映画を撮ってみたいと思っています。でも、20年にわたってコメディを撮り続けてきたので、アイディアが湧いても全ておかしな方向に向かってしまうんです。シリアスな脚本を書こうとしても、知らず知らずのうちに面白おかしくなってしまいます。制御不能です(笑)。

―(笑)もし社会派ドラマを撮るとしたら、いま気になっているテーマはありますか?

詐欺グループの話題には興味がありますね。でも、もし自分が映画にするとすれば…と考えるたびに、やっぱり面白い方向に転がっていくんだろうなと思ってしまうんです(笑)。

―次回作のご予定は?

いくつかアイディアはあるのですが、まだどうするか決めていません。次も長編映画を撮るつもりです。

Profile
1962 年、台北生まれ。95年『熱帯魚』で長編監督デビュー。2本目の『ラブゴーゴー』(97)も好評を博し、世界的にも知られるようになる。その後、活動の場をCM業界に移し、数々の賞を受賞。長年映画界から距離を置いた後、10年に短編映画『ジュリエット』、短編オムニバス映画「10+10」(未)で復帰していた。


<取材後記>
終始ニコニコ、穏やかに対応してくれた陳監督。「人間、生まれたときはみんな良い人」「小さい頃から、周りには良い人しかいなかった」など、超がつくほどの性善説の持ち主であることもわかった。なるほど、監督の映画に根っからの悪人が登場しないはずだ。『祝宴!シェフ』を観れば、そんな監督のハッピーなエネルギーで目も心も満たされるに違いない。


▼作品情報▼
『祝宴!シェフ』
原題:総舗師:移動大厨
監督・脚本:陳玉勲(チェン・ユーシュン)
出演:林美秀(リン・メイシウ)、楊祐寧(トニー・ヤン)、夏于喬(キミ・シア)、呉念真(ウー・ニエンチェン)ほか
配給:クロックワークス
2013年/台湾/145分
(C)2013 1 PRODUCTION FILM COMPANY. ALL RIGHTS RESERVED.

11月1日(土)より、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開
公式HP http://shukuen-chef.com/

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