【FILMeX】海上伝奇 ： 映画と。

(第11回東京フィルメックス・特別招待作品）

民衆の中国史とも言うべき『四川のうた』を作ったジャ・ジャンクー監督の新作は、再びインタビュー形式によって、上海の歴史を記録する作品となった。前作と異なる点は、歴史の説明をするために台詞を作って喋らせるのではなく、映画の一場面を使っているところだ。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』、『蘇州河』、『阿飛正伝』、『中国』、『紅柿子』、『黄宝妹』、『小城之春』珍しい映画のワン・シーンが映し出されている。そのためか、本作は映画人へのインタビューも多くなっており、そんな点も映画ファンには、興味深いものとなっている。
この作品のファースト・シーンは、有名な上海浦東テレビ塔の風景や、新たにできた高層ビル群から始まるのではなく、巨大な船が行き交う海の風景から入っていく。建設ラッシュを反映して、土を大量に積み上げたタンカーの姿も見られる。港湾には、壊されたビルの名残だろうか、コンクリートの破片が積み重ねられている様子も映される。遠くには靄で霞んだビル群の姿。ここに、この都市の性格が浮き彫りにされている。この作品が『四川のうた』とほとんど同じ手法であるにも関わらず、それとはまったく印象の違う作品となっているのも、こうした都市の性格によるものだ。この作品を観終わって、まず感じるのは、上海がなんとダイナミズムに溢れた都市であるかということであるが、その秘密は、まさにここが海に向かって開かれた都市であることから来ている。そのため、激動の歴史の中で海に開かれたこの都市は、次から次へと住民が移動を繰り返してきた。それを反映してこの作品では、今上海に生きている人だけでなく、かつて上海で生きていた台湾人、香港人たちへのインタビューも数多い。『欲望の翼』(90年)に出演していた女優で歌手のレベッカ・パンをはじめ、その誰もが今でも自分を「上海人」と言っているのもとても興味深いところである。
現代の上海人に目を向ければ、貧乏のどん底から、株で成功し富豪になってしまった人物や、一作の小説で大成功を収めた作家兼カー・レーサーの韓寒が取り上げられている。経済的発展、物質的繁栄を謳歌する、彼らこそ新しい上海人ということであろう。その一方、近代化された都市の中で、取り残された古い街並みが多いのもここ上海の特徴だ。しかし、その中に生きる人たちに、悲哀といったものはない。ガキ大将は昔も今も健在だし、古い雀荘では、老人たちがまるで時が止まってしまったかのような空間の中で、彼らの今を普通に生きているかのように見える。ダンスホールではジャズも健在で、旧き良き上海を楽しむ老人たちの姿も見られる。かつて周恩来の働きかけで製作された『中国』という作品に出てきた豫园の茶館は、その当時の姿のままで、我々の目の前に現れる。古い上海と、最先端の都市である上海が、ひとつの都市の中に同時に息づいている。そのため、それぞれの世代が、自分たちの上海を持っており、その世界の中で今も生きているのだ。
この作品を観ていると、最先端を生きる人、過去に生きている人、あるいはもうすでに通り過ぎて行った人、それぞれが自分の上海を今も生きているという点が、この都市の懐の深いところであり、豊かなところでもあると実感させられる。工場がメインの舞台になった『四川のうた』の公開時に「なぜ工場に自分が惹かれるのかというと、それが現代中国の歴史の証人のように見えるからです」と語っていたジャ・ジャンクー監督だが、この作品では、1930年代、東洋のパリと言われた時代から現代まで、常に最先端のものを塗り重ねてきた上海という都市そのものが、歴史の証人として見えてくる。 
Text by：藤澤　貞彦
オススメ度：★★★★☆
製作国：中国、オランダ製作年：2010年、英題：I Wish I Knew
監督：ジャ・ジャンクー
出演：ホウ・シャオシェン、ワン・トン、レベッカ・パン
(c) 特定非営利活動法人東京フィルメックス実行委員会

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【第11回東京フィルメックス】
2010年11月20日（土）～11月28日（日）
有楽町朝日ホール、東劇、TOHOシネマズ日劇他にて
■一般お問合せ先
ハローダイヤル　TEL：03-5777-8600（全日/8:00～22:00）
公式サイト:第１１回東京フィルメックス